ただ、運がなかった




「今日も外が、騒がしい」

風がカーテンを揺らして、俺はぼんやりとそれを見つめていた。

「そう言えば、ボーダーをやめたよ」

返事はない。

「忍田さんには凄い怒られた。まぁ、怒られたって痛くも痒くもないけど」

ずっとやめたかった。
あそこは俺のいるべき場所じゃない。
場違いだと、いつも思っていた。

「…怒られたけど、悪いとは思ってないんだよね。俺」

悪いとは思ってない。
戦う意思のない者は捨て駒にすらなれない。
だから、いるだけ無駄なんだ。

「…じゃあ、学校行ってくるから」

椅子から立ち上がって窓を閉める。
カーテンはぴたりと動きを止め、部屋の中の時間が止まったように錯覚する。
だが、唯一ピッピッと規則的な機械音が時間が進んでいることを証明してきた。
いっそのこと、それさえも…
頭の中に浮かんだものを首を横に振って消した。

「じゃあ行ってきます」

時間を止めた部屋から出れば真っ白な廊下が広がる。
自分の足音だけ響く廊下を歩き、エレベーターに乗る。
エレベーターから出れば止まっていた時間が慌ただしく動き出した。
人の声や足音、行き交う人々の間を通り抜け、学校に向かった。

いつも通り遅刻して校舎に入り、誰もいない廊下を歩く。
向かう先は教室ではなく、保健室。
ドアを開けて中に入ればおはよう、と気だるげな男の声が聞こえた。

「おはようございます」
「今日も遅刻だな」
「…いつものことでしょ」

何も言わずベッドに腰かけて荷物を下ろす。

「昨日、寝れたか?」
「…はい、いつも通り」
「それじゃ足んねぇんだけど…まぁ、いいや。寝ろ寝ろ」

しっしっ、と猫でも払うかのような動作をする先生に頭を下げて、ベッドにカーテンを掛けた。
ベッドに寝転んで、目を閉じれば意識はすぐに落ちていった。





突然の指令に隊員はほぼ総出で、昼夜問わず動き回っていた。
センサーに映るものを壊せばこの辺りは粗方片付く。

画面に映る場所はどうやら俺達の通う学校のようだった。

「陽介、二手に別れてさっさと済ますぞ」
「りょーかい。じゃあまた後でな秀次」

校内に入って、センサーの点滅する場所に行けばそこは保健室だった。
ドアを開ければ人影はない。

うちの学校の保険医は保健室にいないことで有名だったな、と考えながら奥に進めばベッドを仕切るカーテンがひとつ閉められていた。
センサーはちょうどその場所を指している。

「…悪いな」

カーテンを開けて、中で寝ていた奴の顔が見えて足を止める。

「こいつ…」

昨日、トリガー無断使用でボーダーを辞めた奴だ。
随分と迷いなくトリガーを手放したから少し印象に残っていた。
彼は俺がいることには気付いていないようで、こいつが起きる前に済ませようとベッドの下を見ようとしたとき突然何か強い力によって倒された。
首筋に冷たいものが触れ、視線だけ後ろに向ける。

「…何の真似だ…」
「アンタこそ…何の用だ?」

聞こえてきた声に昨日の男とは別人なのではないかと錯覚する。
彼の声には明らかな殺気が含まれ、警戒されていた。

「上からの指令で、最近のゲートの異常発生の原因を駆除してる最中だ」
「…ここに来た理由は?」
「それの反応があったからだ」

彼は少しの間口を閉ざし、ゆっくりと俺の背中に乗せていた足を退けた。

「…勘違いをしてすいませんでした」

彼は頭を下げて、ベッドに腰かけた。

「別に」
「……その、何でしたっけ?原因の駆除って言ってましたよね」
「あぁ」

それって、あれのことですか。
そう言って指差したのはベッドの横にある何かの器具の裏。
そこに例の奴が張り付いていた。

「お前、いつから気付いてた?」
「俺がここに来たときにはもういましたよ」

それを駆除して彼に視線を向ける。
あんなのがいるなかで寝てたのか?

「もう終わりましたか?」
「…あぁ」

そんな奴が自分の命を守るためにトリガーを使うのか?

「…あれが襲ってくるものだったらどうするつもりだった?」
「どうって…死ぬんじゃないですかね、多分。一般人に戦う術はないですから」

ただ、運がなかったんですよ。
彼はそう言って、床に落ちたトリオン兵の残骸に触れる。

「……他にもまだいるんですか?」
「嫌なくらいにな。瓦礫の下とかにも隠れてて見つけるのも一苦労だ」

俺の言葉に彼は暫し口を閉ざし、そして息を吐いた。

「さっきの行いの謝罪ついでにお手伝いしますよ」
「…お前、もう隊員じゃないだろ。どうやって倒す気だ?」
「倒すのは貴方でしょ。…少し、探すのを手伝うだけです」

残骸から手を離した彼は両耳を塞いで目を伏せた。
何をしているんだ、と声をかけようと思ったがそんな雰囲気ではなくて口を閉ざす。
数十秒して彼は静かに目を開いた。

「…校舎に残ってるもう一体は屋上にある給水タンクのある小屋の中ですね。どうやって入ったんだろう?タンクの下に張り付いています。それから…昨日の旋回していたトリオン兵が落ちた川底。まだ大量に残ってる」

動くかどうか知らないけど、と彼は言って俺に視線を向けた。

「これでさっきのはチャラにしてもらえれば助かります」
「…それは、信用できる情報か?」
「一応センサーと照らし合わせながら見てみてください」

どうやって見たのか、なんて考えずにもわかった。
サイドエフェクトだ。
…それがあるってことは普通以上のトリオンがあるってことか…

「…協力、感謝する」
「頑張ってくださいね」

彼はそう言ってベッドに横たわった。

カーテンの外に出て視線をそちらに向ける。
こいつも、調べる必要がありそうだな…
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