塵程の価値もない




「おい」

保健室に、カーテンが開く音とここには似合わぬ声が響いた。
閉じていた目を開けて、視線だけそちらに向ければ昨日の男がいた。

「どうしたんですか」

体を起こして、そう尋ねれば彼は表情を動かさずに答えた。

「昨日、言われた通りの場所に行ったらお前の言った通り沢山残っていた」
「そうですか。ガセ情報にならなくてよかったです」
「…お前に聞きたいことがあってここに来た」

彼の言葉に首を傾げる。

「そのためにわざわざこの学校の制服を?」
「…そんなわけあるか。俺はここの生徒だ」
「あぁ、そうなんですか?失礼しました」

ベッドサイドにある椅子を指差して、長くなるなら座りますか?と尋ねる。
彼は首を横に振り話し始める。

「一昨日。トリガーの無断使用を自ら申し出たのはお前で間違いないか?」
「はい」
「自分の命を守るためにトリガーを使用しました、てのがお前の証言だったが…何故嘘をついた」

疑問系ですらない彼の言葉に俺は視線を逸らす。

わざわざ調べたのか?
辞めた人間のことをそんなに気にするか?
…いや、彼が忍田さんの部下だったら可能性はなくはない。
けど、あの会議室にいたとき彼は本部指令と一緒にいたはずだ。

「…答える気はないと?…お前があの日、何にトリガーを使用したかはもう複数証言が出て、わかっている」

ピリピリと肌を刺す彼の空気に俺は小さく息を吐く。

「…それで?」

彼は何の意味があってそんなことを調べたのか。

誰かの指示?
もしそうなら、やはり忍田さんか。
だが、直属の上司以外からの指示は受けなくてもいい筈だ。
昨日まで駆除の為に昼夜問わず動き回っていた彼がわざわざ別の上司からの指示を受けるとは考えにくいか。
…なら本部指令?
あの人が辞めた人間に興味を持つとは考えにくい。
なら…彼の独断か…

「ネイバーに家族を殺された子供のいる孤児院。あの日お前はそこに駆けつけた」

そこからは、俺があの日していたことを淡々と説明していった。

「避難が出来なかった子供と職員。それをお前がトリガーを起動させシールドで守った。間違いないか?」
「…そうですね。だから、それが何か?」

彼は僅かに眉を動かす。

「…どうしてそれを説明しなかった?」
「その必要がないと判断したからです」
「……上には報告した。忍田本部長もお前の処罰を軽くするようにと掛け合っていた。…時期に呼び出しがあるだろう」

余計なことを。
俺は視線を逸らして眉を寄せる。

「行きませんよ」
「…何故?」
「俺はもう一般人です。ボーダーの命令に従う必要はない」

戻りたくないのか、と彼が言った。
その言葉に俺は口端を吊り上げて笑った。

「何の冗談ですか、それ」

彼は目を見開いた。
本当に小さな変化だったけど。

「戻りたいと思う奴がわざわざ自首して辞めると思いますか?」
「…お前、」
「忍田さんも貴方も…当人の意思は無視ですか?」

彼は何も言わず俺の言葉を聞いていた。
それをいいことに俺は言葉を続ける。

「戦う意思のない人にとって戦う術は塵程の価値もありませんよ」
「なら、お前はどうしてボーダーに入った?」
「呼び出されてよくわからずに行ったら入隊式の日だったんですよ。何て言うか、騙されただけ?」

誰に、と言った彼に忍田さんと答えればまた眉を寄せた。
表情筋が死んでいるんじゃないかと思うくらい変わらない彼の表情。
僅かばかり動く目元を見逃せば、もう何を考えているのか読めなくなる。

「…忍田本部長は何故お前にそこまで執着している?」
「どうしてでしょうね。聞きたいことは聞けましたか?聞けたなら帰ってください。これ以上は何も答える気はありませんよ」
「時間を使わせて悪かったな。だが…呼び出しには応じろ」

彼はそれだけ言って保健室から出ていった。





チャイムが鳴って、帰ろうとガラッと開けた保健室のドア。
もう見慣れてしまった男が立っていた。

「どしたー、榎本?」

珍しく保健室にいた先生が椅子のキャスターを滑らせてこちらが見える位置までやって来て目を丸くする。

「なんだ、お前。友達いたのか?」
「教室に行かないのにいるわけないでしょ。それに同い年の友達いない奴に先輩の友達がいると思うんですか?」
「え、先輩?」

ちゃんと上履き見たらどうです?と言えば彼はここからじゃ見えねーよと答えた。

「てか、保健室の先生なんだから生徒くらい覚えたた方が良いですよ?」
「余計なお世話だっつーの」

なんだよつまんねーなと言った彼に眉を寄せ、ため息をつく。

「で、何か用ですか?」
「呼び出しだ。ついて来い」
「遠慮します」

即答すれば彼はまた眉を寄せる。

「命令だ。黙ってついてこい」

捕まれた腕。
振り払おうとしてもそれは随分と強い力で俺の手首を掴んでいて離れない。

「あぁ、そうだ。先輩君よー」

先生の声が聞こえ、彼は視線だけそちらに向ける。

「そいつ、危ねぇから気を付けな」
「は?」

先生の言葉のせいで彼は何が起きているのか気付いた。
彼の顔めがけて振り上げた足はギリギリ鼻先を掠めただけとなった。

「っ!?」

見開かれた彼の目。
結局驚いても動くのは目もとだけか。

「怪我人増やすなよ、榎本」
「邪魔しないでください」
「目の前で暴力は流石に先生止めねぇと」

何が先生だ、と悪態を吐き捨て結局離れなかった手にため息をついた。
完全に詰んだ。

俺は自由な方の手を額に当ててもう一度大きく息を吐いたのだった。
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