後戻りなんてもう出来ない




伊吹の死から数日。
三雲はまだ目を覚ましていないらしい。

俺は本部に呼び出され、指定された会議室にいた。
制服をダメにしてしまったために、滅多に着ない私服に身を包んでいて、いつも以上に居心地の悪さを感じる。

「不吹、」
「そんな深刻そうな顔しないで下さいよ、忍田さん」
「お前どうしてそんな普通でいられるんだ」

いつか来るとわかっていた未来ですよ、と答えて忍田さんの斜め横に腰を下ろした。

「東さんには口外しないようにして貰えますか」
「もう頼んである」
「そうですか。それはよかった」

部屋に沈黙が流れて、忍田さんは顔を伏せた。

「…殺したのか」
「まぁ、間接的にはそうなりますね。…救えるための選択肢を俺は自ら捨てていた。迅さんに未来を聞いていたんですけどね」
「彼女は最期に何と?」

4人で遊園地に行きたい。

彼女の言葉を口にすれば忍田さんはこちらを見た。

「叶えて、やれないな」
「そうですね。けど、あっちで父と母と遊園地に行けばいい」
「それだと3人だ」

首の裏に触れて俺は笑った。

「いなかったんですよ、伊吹に兄なんて。アイツは3人家族です」
「君は、確かに彼女の兄だ」
「妹を殺した奴を兄とは言いませんよ」

俺はあの2人の子じゃない。
アイツの兄じゃない。

俺の言葉に忍田さんは眉を寄せた。

「伊吹の話は…もう、いいですか?他に話すことあるんでしょう?」
「……そう、だな」

きっとこの会話に答えなんて出ない。
俺の考えと彼の考えは真逆すぎるんだ。

「黒トリガーについて」
「はい」
「明日、話し合いの場が設けられる。私と不吹の処罰についてだ」

わかりました、と頷き俺は席を立った。

「また明日、本部に来ます」
「不吹、お前は…このままでいいのか?」

彼の言葉に俺は首を傾げた。

「どういう意味ですか」
「伊吹が死んでもまだ…戦うのか、」
「俺は伊吹のために戦っていたわけじゃない。貴方と利害が一致する限りは貴方の命令に従います」

忍田さんの目に珍しく迷いがあった。

「守りたいものがあるんでしょう?駒1つ1つの感情を気にかけてる暇なんてないんじゃないですか?」
「お前は駒じゃない」
「じゃあ、駒だと思ってください」

彼が諭すように俺の名前を呼んだ。

「貴方は何を迷っているんですか?迷いは刀を鈍らに変えますよ」
「私も人間だ。迷いもある。お前はやはり、戦うべきじゃないんじゃないかと」
「じゃあ、俺を殺しますか」

忍田さんの目が見開かれた。

「貴方が一番わかってるでしょう。貴方が俺に教えたんだから」
「…それは、」
「黒トリガーの存在が知られれば戦うことを拒むことはできない。このトリガーはどうやったって俺以外には使えない。もし使わせたいなら、俺を殺すしかない。…そうでしょ?」

黒トリガーを使うとき、後戻りできないことはわかってた。
だから、ノーマルトリガーを捨てたんだ。

「…後戻りなんてもう出来ない。俺も貴方も」
「けど、不吹は私との利害が一致しなければボーダーを辞めるのだろ?後戻りができないのに、どうやって」
「全てを、敵に回します」

俺はそう言って笑った。

「だからね、忍田さん。足を踏み外さないでくださいね。貴方が間違えれば俺は貴方の敵になる」
「…肝に、銘じておこう」
「あぁ、けど。貴方が足を踏み外さなくとも…俺の命にも代えがたい存在が貴方達を敵に回せと言ったら…何の迷いもなく敵になりますよ」

彼に嫌われないように気を付けてくださいね、と微笑みを残し会議室を出る。

後戻りはもう出来ない。
黒トリガーを使った。
それが伊吹を殺した。
彼女の目覚めは、黒トリガーに起因していたのかもしれない。
あれを戦闘で使ったから、目を覚ました。
そう考えれば、タイミングは合う。
忍田さんと秘密裏に行った時は施設内の訓練場だったし。

悪いことは悪いことを引き起こすものだ。
何処で間違えたんだろう?
何処から間違っていたんだろう?

考えてみたとこで、全てきっと間違っていたんだと思ってしまう。
俺があの2人から生まれたあの日から、俺の人生は間違いだらけだったんだ。

「酷い人生だな」

ただ唯一、良いと思えたことは彼西尾相楽に出会えたことだろう。
今頃保健室にいるか、はたまたどこかで煙草を吸っているだろうか…

「帰るか…」

本部の出口へ向かって歩いていれば、誰かが俺を呼びとめた。
どこか聞き覚えのある声に振り返れば見覚えのない人の姿があった。

「榎本不吹、だろ?」
「…はい、そうですけど」

足を止めた俺に歩み寄ってきた彼と共に、鼻腔を擽った匂い。
俺の大好きな、相楽の煙草の匂いだった。

「…これ、お前のだろ」
「え?」

そう言って差し出されたのは俺が屋上に捨てていったトリガーだった。

「…どうして、俺のだって」
「屋上に落ちてたから調べて貰った。大事なモンだろ、落とすなよ」

自分の手に戻ってきたトリガーを見つめて、強く握りしめる。

救えた命だった。
彼女の命を俺が手放した。
平穏な未来とこのトリガーと共に。

「おい、」
「ありがとうございます」

会釈をして、それをポケットに押し込む。

「ご用件は、これだけですか?なら失礼します」
「ちょっと待て。お前に聞きてェことがあんだよ」
「…なんですか?」

じっと俺を見つめる彼に視線に俺は首を傾げた。

「別人ってことはねぇよな」
「え?」
「1度目の入隊と2度目の入隊。お前はまるで別人だった。双子か?それとも記憶喪失?二重人格とか?」

彼の言葉に目を瞬かせる。
双子、記憶喪失、二重人格…?

「安っぽい推理小説の設定みたいですね」
「は?」
「残念ながらそういうのないです」

彼は俺の2度の入隊を知ってる。
誰とも関わっていなかったのに、どうしてだ?
訓練の時に見た記憶もないし。
まぁどちらにせよあまり変な詮索をされるのは得策じゃないな…

いや…けど、この人どこかで見たことある。
この声も…

「あ、屋上の…」
「屋上?」

諏訪隊と風間隊と言っていた気がする。
この人の声、聞き覚えがあると思ったらあの時俺の後ろにトリオン兵が来ていることを教えてくれた声だ。

「いえ、気にしないでください。この間はありがとうございました。声、かけられなかったら腕だけじゃ済みませんでした」
「お、おう」
「それじゃあ、失礼します」

ペコと頭を下げて、俺は本部から出た。





「あー、くそ。結局聞きたいこと聞けてねぇじゃねぇか」
「1人で何喋ってるんだ?諏訪」
「あ、東さん」

首を傾げる彼に榎本と話していたことを告げれば一瞬顔が曇った。

「榎本と、知り合いか?」
「いや、喋ったのは今日が初めてっすよ。訓練の手伝いで何度か見たことありますけど」
「そうか。誰か、アイツと親しい奴は?」

ボーダーで誰かと話してるとこは見たことないですよ、と答えれば彼は困ったように溜息をついた。

「なんかあったんすか?榎本と」
「少し気にかかることがあってな」
「何か変な奴っすよね、アイツ。俺も気になることがあったんすけど、結局逃げられました」

上手く話を変えられたし…

「お前ら何してるんだ?」

榎本が来たのと同じ方向から本部長が歩いて来て、不思議そうに俺達を見た。

「B級の榎本の話を少し。アイツ、どんな奴か知ってますか?」

俺の問いかけに本部長は首を傾げた。

「どんなっていうのは?」
「なんつーか、誰かと親しい姿も見たことねぇし。1度目の入隊と2度目ではまるで別人だし。…こう、戦闘中のアイツってギラついてるって言うか…水を得た魚みたいなのに普段はまるで死人みたいだし」
「酷い言われ様だな。…けど、彼が誰かと親しくしているのは俺も見たことはない。時々三輪を話しているみたいだが、親しいわけではないらしいからな」

三輪と同い年なんすか?と尋ねれば1つ下だよと彼が答える。
1つ下ってことは日佐人と一緒か…

「学校は進学校っすか?」
「普通校だ」

普通校。
て、ことは日佐人が知り合いの可能性あるな。

「色々情報、ありがとうございます」
「いや、別に構わないが…」
「お先失礼します」

日佐人は隊室にいたはずだな、と自分の隊室に向かえば案の定日佐人の姿があった。

「あ、おかえりなさい」

俺に気づいた堤にただいま、と答え漫画を読んでいる日佐人の名前を呼ぶ。

「なんですか、諏訪さん」
「お前、榎本不吹知ってるよな?」
「え?あぁ、侵攻のとき屋上で戦ってた?」

お前、同じ学校だろ?と言えば目を瞬かせた。

「俺とですか?いや、知らないですけど。学年違うんじゃないですか?」
「いや、お前と一緒だってさっき本部長が」
「…1年弱学校に通ってますけど会ったことないですよ。集会でも見かけたことないし」

どうかしたんですか、と不思議そうな堤が隣に腰かける。

「榎本のこと気になって、ちょっと聞いたんだけど、アイツ日佐人と同じ学校らしいんだよ。けど、知らねェって」
「え?忘れてるだけじゃなくて?」
「いえ、本当に知らないです」

本部長が間違えたのか?
本当は進学校だったとか。

「気になるんですか?彼のこと」
「まぁな。なんか、こう…普通じゃねぇだろ。B級に上がったばっかりで。初めての本物のトリオン兵との戦闘。しかも相手は新型。なのに、腕を喰われても迷いなく腕を切ったし。B級のメガネを助けるために躊躇いもなく屋上から飛び降りた」
「そうですね」

それにアイツ…どのタイミングからかわからないがトリガーを持っていなかった。

「なんつーか、こう…死に急いでる感じしねぇ?」
「あー、それはなんかわかりますね」
「だからちょっと、気になった」

まぁ東さんも気にかけてるっぽかったし、俺が気にすることはねぇだろうけど…
また機会があれば声、かけてみるか。

どうにも彼の存在は気にかかるのだ。
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