俺を殺してみますか?




次の日。
俺は何度か来たことがある司令室にいた。
どこか張りつめた空気。
今日は三輪さんの姿はなかった。

「遅くなりました。B級隊員榎本です」
「待っていたよ。早速で悪いが、本題に入らせてもらう」
「えぇ、どうぞ」

ドアの前で足を止めて、パーカーの袖口に指先を隠す。
唯一の私服を昨日着てしまったため急遽相楽から借りた服はやはり少し大きくて、染みついた煙草の匂いにこんな空間でも落ち着きを憶える。

「君は黒トリガーを保持してるかね?」
「はい、持ってます」
「いつから?」

4年前の侵攻の時からです。

数人の大人のいるこの部屋で、言葉を発するのは俺と司令だけ。
周りの大人はどこか緊張したような面持ちで俺を見ていた。

「それは、誰かわかっているか?」
「母親です」
「……母親は、ボーダーの隊員だったか?」

ボーダーの戦闘員でした、と答えれば少しだけ司令の眉が動いた。

「俺と同じ榎本という苗字の戦闘員です。下の名前は知りません。…その人の夫も研究員としてボーダーに所属していたと聞いてます」
「…榎本夫妻か」

口を開いたのは眼鏡をして髭を蓄えた人。
名前はわからないけど、ここにいるところを見ると上層部の人間なのだろう。

「けど、待てよ?あの2人に息子なんていたか?」
「林藤!!」
「あー、悪い」

その人の言葉に忍田さんが慌てたように名前を呼んだ。

「そう思われていても仕方ないと思います。俺もあの2人を親だとは思っていません。俺の記憶の中では話をしたのも2人が死ぬ時が初めてでした」
「研究員の榎本も死んだのか?」
「死にましたよ。残ってたのは腕1本でしたけどね。目の前でバラバラになって死んだのでよく覚えています」

静かだった部屋がざわついた。

「話、進めて貰っていいですか?」
「あぁ…何故、トリガーの保持をこの4年隠していた?忍田君からも話を聞きたい」

司令の視線が忍田さんにも向けられた。

「榎本は、「俺が忍田本部長を脅したからです」…は?」
「脅した?」
「はい。…俺の黒トリガーについて、上に話したら自殺しますよと」

忍田さんは俺を見て目を見開く。
馬鹿正直に彼が話したら、きっと忍田さんの処罰は免れないだろうし。
彼の下以外で 戦う気は今の所ない。
彼にいなくなられては困るのだ。

「俺のトリガーが他の人にも使用できるなら、俺一人の命なんてことないと思いますけどね。もし、俺が死んでこのトリガーが誰にも使えなかったとしたら?一般市民を死に追いやったというスキャンダルに加えて、戦力面においても随分な損害になりますよね」
「君の死を隠蔽することは容易いことだ。両親を失った身寄りのない子供1人いなくなっても世間は気にしない」
「えぇ、確かに。けど、忍田本部長にそれが出来ますかね?正義を体現するような彼に…戦い方も知らない子供を殺し、隠蔽することができると思いますか?」

静かになった部屋。
俺はふっと笑みを零した。

「トリガーについて、上に報告しない代わりに俺は忍田本部長の監視下に入るように言われました」
「だから、ボーダーに入ったのか」
「えぇ。俺は入隊試験とか受けてないので、その辺りは忍田本部長が何かしたんじゃないですか?」

監視下に入るよう言われたのに何故、嘘の規約違反をした?

司令からの質問は俺の予想通りのモノだった。

「監視下に入るためだけの入隊だったのに、訓練サボると凄い怒るんですよ。まぁ真面目な人なのはわかりますけど、正直面倒になったので。規約違反になれば流石に本部長でも覆せないだろう、と思ったんですけどそうも上手くはいかないみたいですね。…まさか、三輪さんが首を突っ込んでくるなんて思ってもいませんでした」
「再入隊という形を取ったのは?」
「そのまま何事もなく、というのは簡単な事ですけど。一応処罰を受けておかないと他の隊員に示しがつかない、と本部長がおっしゃったので」

そうか、と納得した様子の彼に忍田さんは呆れたように溜息をついた。

「では、忍田君に非はないということかね?」
「非はあると思いますよ。組織の上にいる人間が大の為に小を捨てられなかった、こんな身寄りのない子供1人殺せなかったという点においては責められてもいいんじゃないですか?」
「…確かに、そうだな。だがその点だけで忍田君を処罰するのは無理だな」

ここまでは上手くいっている。
袖を指先で弄りながら、小さく息を吐いた。
問題は多分ここからだ。

「では、次の話をしよう」
「どうぞ」
「黒トリガーについて、我々に知られた今。それをこちらに差し出してもらうことは避けられない。君にはわかっているだろう?」

元より、これが差し出せるものだったらすぐに差し出していただろう。
こんなもの俺が望んで手に入れたわけでもないし、押し付けられただけだ。

「えぇ、わかってますよ。ですが、それが出来るなら俺は忍田本部長を脅すなんて面倒なことはしませんでしたよ。と、いうより俺の脅しはきっと完全に成り立たないものでしたよ」
「…どういうことかね?」
「俺のトリガーが人に譲渡できるものなら俺は喜んで差し出してます。4年前にね」

わけのわからんことを言っていないでさっさと差し出せ、と声を荒げたのは小太りな人。
俺はくるり、と背を向けて首裏にかかる髪を上げた。

部屋に息を飲む音が聞こえた。

「これが俺の黒トリガーです。知人の医者に診てもらったところ、骨、皮膚、筋肉、血管等との癒着が酷いらしくて。取り外せば、俺が死ぬのは必須だと。…俺を殺し取り外せたところでこれが手に持って使えるものなのか。他の場所に埋め込んで使えるものなのか…現状わかることじゃありませんね」

髪を下してもう一度司令の方を見る。

「どうしますか?司令。俺を殺してみますか?」

俺は首を傾げて、微笑んだ。





「まぁ、上出来だろ」

司令室から出て一番に出た言葉はそれだった。
続けて部屋から出てきた忍田さんは俺の頭を軽く叩いて溜息をついた。

「ちょっと来い」
「はい」

腕を引かれ、連れて行かれた先は薄暗い資料室。
ドアを閉めて鍵をかけた忍田さんはそのドアに背をあてた。

「どうしてあんな嘘を吐いた。私を脅したなんて」
「…名演技だったでしょう?アンタが馬鹿正直に全部話すとちょっと面倒なんですよね。わかりますよね?あの現場に、忍田さんいたんですから」
「それは…」

顔を伏せた忍田さんに今度は俺が溜息をつく番だった。

「あんなのどうやって説明する気ですか?理由もわかってないのに。あの状況が説明できない限り、本当のことは話すべきじゃない」
「そうかもしれないが、下手したらお前…処罰の対象だったんだぞ!?」
「そうかもしれないですけど、上手くいったじゃないですか」

扱いはS級。
だが、戦闘経験の少なさとポイントの少なさからマスターレベルに行くまでは単独任務は禁止。
模擬戦ではノーマルトリガーを使うこと。
別途黒トリガーでの訓練を行い、必要に応じて研究の協力を行う。
忍田さん以外の命令を聞く気はない、と俺が言ったために所属は変わらない。

「褒められることをしたとは思いませんけど、怒られる結果にはなってないつもりですよ」
「……それはそうだけどな。事前に話してくれてもいいだろ」
「忍田さんって嘘つけそうにないんで。知らないでいてくれた方がやりやすいんですよ」

ドアの前に立つ忍田さんに背を向けて資料室の奥にある椅子を引いて腰かけて。
袖口に半分以上隠れた手で机の上にあった資料を手に取った。

古い資料なのか、それは少し埃を被っている。

「それよりここ。俺なんかを入れて平気なんですか?」
「ここは誰でも入れる資料室だ。けどまぁ、わざわざ来る隊員は少ないな」
「へぇ、そうなんですか」

紙媒体だけなのかと思ったが、机の上にはDVDのようなものも置かれている。

「何かあったか?」
「いえ。残ってないんですか?あの2人の資料」
「……残っていない」

今の間。
多分、嘘ついたな。

「そうですか。まぁ、知ったところで何にもならないので興味ないですけど」
「どうして、そこまで毛嫌いするんだ?」
「どうして、俺があの2人を好きになれるって言うんですか?」

産むだけ産んであとはほったらかし。
名前を呼ばれた記憶さえない。
呼ぶ気がないなら名前などつけなければよかったのに。

「心の底から大嫌いですよ。死んでくれて清々してます。あとは、この邪魔くさいトリガーが外せれば万々歳なんですけどね」

その技術は今のところない。

「じゃあ、そういうわけなので。帰ってもいいですか?」

起ち上がってドアの前に立つ忍田さんにそう言えば眉を寄せてからすっとドアの前から退いた。

「あ、そうだ。榎本」
「なんですか?」
「ノーマルトリガーの戦闘体の服。制服はどうかと思うんだが、どんなデザインがいいか希望はあるか?」

戦闘体の服?
あぁ…皆隊服みたいなの着てたな…

「何でもいいです。別に」
「そうか」
「足の動きを制限されないのが嬉しいです。こういうパーカーだと、足上げにくいので」

足の付け根を隠す長さのパーカーを指差せばそういう希望でお願いしておく、と彼は言った。

「あ、あと。襟は長めでお願いします。黒トリガーが隠せる感じで」
「わかった。サンプルが出来たらまた連絡する。黒トリガーでは、変えられるか?」
「どうでしょう。試したことはないので、やってみますね」

今度こそ資料室を出て、本部の出口へ向かう。
外に出て、家に帰ろうかとも思ったが1度くらい、三雲のお見舞いに行った方がいいだろうなと行き慣れた病院へ向かった。

いつもの花屋で花束を買い、病院へと足を踏み入れる。
今まで毎日来ていた場所だというのに、少し違う風に見えた。

この間は通り過ぎた病室をノックして、扉を開ける。

「失礼します」

ピッピッと心拍を報せる音。
カーテンの奥、眠っている三雲の姿があった。

棚には沢山のお見舞い品が並んでいる。
枕元にある空いた花瓶を勝手に拝借し、持ってきた花を生けてお見舞いの品の並ぶ棚に置いた。

「…三雲、悪かったな。守ってやれなくて」

もっと早く気付けていたら、助けられただろうか?
俺は人型に迷いもなく戦いを挑めていれば、助けられただろうか?

「…たらればは何の意味もないか。早く元気になれよ」

そう小さく声をかけて病室から出れば小さな女の子がドアの向こうに立っていた。

見覚えがある…
確か、三雲と空閑が組んでいる女の子だ。

「あ、えっと…」
「お邪魔しました。三雲によろしく伝えておいて」
「え、あ…はい」

コクコクと頷いた彼女の横を通り過ぎ、足早に病院から出れば恐らく偶然迅さんに出くわした。

「よっ、榎本」
「…どうも」
「伊吹ちゃんのお見舞い?それともメガネ君?」

三雲ですよ、と答えれば彼はいつもより力なく笑った。

「……迅さんには言っておきますね」
「何?」
「SEで知ってるかもしれないですけど。伊吹は死にましたよ」

俺の言葉に迅さんの目が見開かれた。

「あれ、知りませんでした?未来見えてたんじゃないんですか?」
「俺が見たのは死ぬかもしれない未来だよ」
「そうですか。…まぁ、迅さんが何かしたわけでもないので、気にしないでください。一応報告しただけなので」

それじゃあ、失礼しますと彼の横を通り過ぎようとすれば腕を掴まれた。

「…なんですか?」
「自分を見失わないようにな」
「何か未来でも見ましたか?」

俺の問いに彼は曖昧に笑った。

「一応、気を付けておきます。迅さんの予言が当たることは、今回実証されたので」
「は?」
「それじゃ」
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