軛
久々に来た学校。
と、言っても保健室なのだが。
さっきまで相楽がいて、微睡の中にいたのだが彼がいなくなった途端眠気が嘘のように消えてしまった。
最近、こればっかりだなと自分の頬に触れて溜息をついた。
ここの所、まともに眠った記憶がない。
「……まぁ、眠くないし…良いか、別に」
何かやろうか、と思ったが動く気にもなれずベッドに寝転んで目を閉じる。
カチカチ、と時計の針が進む音と校庭から聞こえる楽しげな声。
それを聞きながら幾分か過ぎて、ガラッとドアが開く音がした。
「失礼します」
誰かが入ってきたようで、足音が奥まで来て止まった。
「…先生は、いないか。どうしようかな」
ベッド体を起こして、カーテンの隙間から向こうを見ればジャージを着た生徒の姿。
上履きを履きカーテンを開ければ、彼はこちらに視線を向けた。
「……え?」
「怪我ですか?」
「いや…あ、うん…足捻っちゃって」
座ってください、と椅子を指差せば彼は目を瞬かせた。
「…なんですか?」
「榎本、不吹だよね?」
「そう、ですけど…」
どうして、知られているんだ?
会ったことは、多分ない…けど。
「あ、俺笹森日佐人。諏訪隊の所属なんだけど」
「……諏訪隊…?」
「うん。あれ、この間俺のとこの隊長と会ってない?」
首を傾げながら、彼は椅子に腰かけた。
「……煙草、吸ってる金髪の?」
「そう、それ。もしかして名前知らなかった?」
「まぁ…。風間隊か諏訪隊の人ってことはわかってましたけど…」
それはごめん、と彼は苦笑を零した。
「あの金髪で煙草吸ってるの諏訪洸太郎。俺は諏訪隊の隊員で、諏訪さんから榎本がこの学校で俺と同い年だって聞いたんだけど…一度も校内で見かけたことなかったから何かの間違いだと思ってた」
「…教室には行ったことはないんです」
「え?」
少し腫れている足首に湿布を貼って、固定のために包帯を取り出す。
上履きの色を見る限り、彼とは確かに同い年の様だ。
諏訪さんはどこでそれを聞いたのか知らないけど、嘘は1つもない。
「入学式にも出てないですし」
「入学式にも…?」
「はい。…一応、固定はしたので安静にお願いします」
ありがとう、と笑った彼から視線を逸らして立ち上がる。
「テストとかは、受けてるの?」
「はい、一応。それで、基準より上の点数を取って単位を認めて貰ってます」
「保健室にいるし、体どこか悪いの?あ、答えたくなかったらいいんだけど…」
そんなところです、と曖昧な答えを返せば彼はそっか、と言ったきりそれ以上の追及はしなかった。
「じゃあ、俺は授業に戻るから。お大事に」
「…笹森さんも、お大事に」
ひょこひょこと足を引きずり、出て行く彼の背中を見送って溜息をつく。
体が弱いわけでも、病気があるわけでもない。
まぁ、眠れないこととまともに食事することができない点は病気と言っても良いのかもしれないけど。
だが、俺が教室に行けない理由はそこではない。
自分を縛り付けるものはいつだってただ一つ。
取り払うことのできない、この軛だ。
首の裏を撫でて、笑った。
「………逃げられないことなんて、とうの昔から…わかってる」
自由は訪れない。
自分がこれから解放されるのはきっと、死んだあとの話。
ならせめて、自分を殺すのは相楽であってほしい。
「あれ、なんだ珍しいな。起きてたのか?」
ガラッ、と再び開いたドア。
白衣がはためき、流れ込んできた風が煙草の香りを運ぶ。
「…うん、人が入ってきて目が覚めた」
「そうか」
彼は俺を看取りたくないと言う。
俺に先に死なないでくれと言う。
けど、それじゃあ俺は彼に殺されることは出来ない。
「たまには学校の課題やったほうがいいんじゃないか?そろそろテストの時期だし」
「…そうだね。そうするよ」
いつもの椅子に座れば向かい側に相楽が腰かけた。
「不吹、」
「ん?」
「……なんでもねぇよ」
彼は柔らかく微笑んで、俺の頭を撫でた。
▽
保健室から出て、廊下を歩いていれば後ろから足音が近づいてきた。
「不吹!!」
「あれ…陽介さん?」
「これから本部行くのか?」
そのつもりです、と答えれば一緒に行こうぜと彼は笑った。
「おい、槍バカ!急に走んなよ」
「悪ぃ悪ぃ。不吹見つけたからさ」
陽介さんが来た方から出水さんも歩いて来て、ようと片手を上げた。
「どうも」
「この間はお疲れさん。あと、おめでとう」
「おめでとうって何がですか?」
首を傾げてそう尋ねれば彼は目を瞬かせた。
「お前、論功行賞に選ばれてただろ」
「…論功行賞って、なんですか?」
「おい、マジかよ…」
呆れ顔の出水さんが言うには、この間の大戦で頑張った人へのボーナスなのだと言う。
「不吹は特級っていう1番すげぇ奴な」
「…俺がですか?」
「そりゃそうだろ。だってお前、新型の討伐数1位タイだったぞ?」
それに、基地を襲う爆撃型トリオン兵を迎撃した後、北東地区のネイバーを殲滅。
新型ネイバーの討伐を率先して行い、三雲の生存の為に迅速な判断と行動を行った。
選ばれた理由を聞いてもなお、俺は首を傾げた。
「…いや、何で首傾げてんの!?」
「忍田さんの命令に従っていただけなので」
「その命令に過不足なく、というよりは…命令以上の行いをしたっていうことが判断されたんだろ」
なるほど、と小さく頷き視線を伏せた。
「1500ポイントと褒賞金150万だっけ?」
「へぇ…」
「反応うっすいなぁ…」
なんかこういうところ三輪に似てね?と出水さんが笑って、陽介さんが頷いた。
彼らと話ながら本部へ行けば2人は何かを見つけたのか駆けだした。
「東さーん!!」
「米屋と出水か」
「焼肉、焼肉行きましょ!!」
この間の約束だったな、と彼が笑っていた。
あれ、あの人…
この間の伊吹の…
陽介さんと出水さんと話していた彼がこちらを見て、一瞬顔を曇らせた。
なるほど。
やっぱりこの間の東さんか。
「この間はご迷惑をおかけしました」
「あ、いや…」
「陽介さん、出水さん。俺はここで失礼させて貰います」
え?と目を瞬かせた2人に頭を下げて、東さんの横を通り過ぎる。
「え?あ、おう!またな」
「はい、また」
歩いていく不吹を見送ってから、視線を東さんに戻す。
「東さん、不吹となんかあったんですか?」
「え?」
俺の問いかけに東さんは目を瞬かせた。
「いや、何もないよ」
「ならいいんですけど」
「米屋と出水は榎本と仲が良いのか?」
彼にそう尋ねられて、出水と顔を合わせる。
「仲良いってほどじゃねェよな?俺はまだ出会ってそんなに経ってないし…」
「俺も仲が良いとは言えねぇかなって。話はしてくれますけど」
そうか、と東さんは神妙な顔つきで頷いた。
「榎本と仲良い人って誰かいるか?」
「んー…秀次は俺よりも先に不吹と出会ってるけど。仲良いって感じではないかなぁ…」
「ボーダーの人間じゃなくていいなら、1人思い当たります」
出水はそう言ってこちらに視線を寄越す。
誰だ?と首を傾げればほら保健室のと彼は言う。
「保健室…?あぁ、あの保健室の先生?」
「そう。なんか結構心開いてる感じしなかったか?」
「確かに」
その人って?と東さんが首を傾げる。
妙に知りたがるな…不吹のこと。
「名前何だったかな…今年、新しく来た先生なんすけど。30代くらいの男の人っす」
「そうか…悪いな、色々聞いちゃって」
「全然良いっすよ」
弾バカは特に気にした様子もなく東さんと話をしていて。
俺はその会話を聞き流しながら、不吹の歩いて行った先に視線を向けた。
やっぱり、アイツ…普通じゃないんだ。
黒トリガーを持っていたこと、オペレーターがいないこと。
それだけじゃない、アイツはボーダーについて知らなすぎる。
何故、彼はボーダーに入ったのだろうか?
何故、彼は黒トリガーを保持していたのだろうか?
何故、彼は…
「おい、何変な顔してんだ?」
「変な顔って何だよ!?」
「変な顔は変な顔だろ。馬鹿が頭使ったって、わかんねぇぞ」
失礼な言い方だが確かにそうだ。
俺が頭使って考えたところで不吹のことは何もわからない。
「聞いてみるかなぁ…」
「何を?」
「何でもねぇよ」
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