踏み込ませない
「榎本、」
額に触れた手。
瞬きを数回して、視線をその手の持ち主に向ける。
「大丈夫か?魘されてたぞ」
「あぁ…ごめん」
体を起こせば彼は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「最近多いな。なんか、夢でも見てんのか」
「夢…見てる気もするけど、」
思い出せない、と笑えば彼は困ったように眉を寄せた。
「大丈夫だよ」
「それなら、いいが」
廊下からバタバタと足音が聞こえ、勢いよく開かれたドア。
「不吹ー」
「あれ、いなくね?」
「お前らここ、保健室だぞ。うるせぇ」
仕切りのカーテンを相楽が開けば陽介さんと出水さんがいた。
「よっ!飯一緒に食おうぜ」
やれやれ、と首を振る相楽はこちらに視線を向けた。
「どうする?」
「相楽、先生がいいなら」
「俺は出てくから好きにしろ」
冷蔵庫の中に飯入ってるから、と彼は言って俺の頭を撫でてから保健室を出て行った。
「食べるの、ここでもいいですか?」
「そう思って、ちゃんと持ってきてる」
ベッドから降りて、冷蔵庫を開ければお弁当箱が入っていた。
珍しいな、作ってくれたのかと思いながら そのお弁当を手に 相楽がいつも座ってる椅子に座った。
2人は買ってきたものなのかがさがさと袋を漁っておにぎりとサンドイッチを取り出してた。
「不吹って体悪ぃの?今更だけど」
「あー、まぁそうですね」
「なんだ、その微妙な返事」
出水さんの言葉に苦笑を零す。
「明確に病名があるわけじゃないんです。ただ、クラスとかでやっていくのは厳しくて」
「人多いのは苦手か?」
「はい」
なるほどね、と頷きながら 陽介さんは二つめのおにぎりに手を伸ばす。
「そーすっと、ボーダーもきつくね?」
「ラウンジとかは、結構。比較的人の少ないとこを選んでます」
「確かに、すぐ一人でいなくなるもんな。そーいうことだったんだな」
卵焼きを口の中に押し込み、数回咀嚼してごくりと飲み込む。
その動作を出水さんがじっと見つめていて、首を傾げた。
「どうかしましたか」
「いや、よく噛んで食べた方がいいぞ。うちの隊長よく、喉に詰まらせてっから」
「あー、はい」
そうか、彼らにとって食事は味わうものだもんな。
俺は作業でしかないから、気にしたことがなかった。
ブロッコリーを口に入れ言われた通りよく咀嚼してから飲み込む。
「あの先生とは仲良いのか?」
「あの先生って?」
「さっきの。名前、覚えてねぇけど」
西尾相楽です、と言えばそんな名前だったのかと彼らは呟く。
「ずっと、保健室にいるので。仲は良いと思いますよ」
「あー、そうじゃなくて。なんか、もっと違くね?不吹と西尾先生」
陽介さんの言葉に箸を止めた。
「なんかさ、近いじゃん。精神的な距離っつーの?」
「そうですかね?」
微笑み首を傾げれば、陽介さんは少しだけ目を細めた。
「不吹って、一定の距離を保つイメージあったからさ」
「時間によるものですよ」
「じゃあ、俺らとも仲良くなる?」
陽介さんは、何を聞きたいんだろう。
何を知ろうとしているのだろう。
「そうですね。仲良くなれたら、いいなとは思います」
「そっか。じゃあ、仲良くなろうなー」
わからない。
けど探りを入れられてるのは間違いないだろう。
この人、難しいんだよね。
感情が表に出ているようで、本当の感情は奥底に隠されているようなそんな気がして。
「はい、よろしくお願いします」
俺の中に踏み込みたいんだろう。
そのタイミングをうかがってる。
けど、踏み込ませてやるつもりはなかった。
にこりと微笑んでやれば彼も笑った。
▽
人通りの少ない廊下で本部長と話す榎本を見つけた。
妙に青白い顔と目の下のクマが気になって、彼ら歩み寄れば2人がこちらを振り返る。
「風間、」
「お疲れ様です」
ぺこりと頭を下げれば、榎本は俺の顔をじっと見つめてから同じように頭を下げた。
「こうして話すのは初めてだったな。風間蒼也だ」
「榎本不吹です」
差し出した手を彼は躊躇いながら握り返した。
意外と節ばっている彼の手をそっと離す。
「お話中邪魔してすいません」
「いや、もう終わったところだから平気だ。とりあえず、不備があればまた連絡をくれ」
「はい、わかりました」
じゃあ、と去っていく本部長を見送ってから彼に視線を向ける。
「今日は防衛任務か?」
「はい、深夜の。」
「そうか。顔色が悪いから、無理はするなよ」
俺の言葉に彼は目を瞬かせてから、ありがとうございますと頭を下げた。
「寝不足なら、仮眠室で寝ていたらどうだ?まだ時間もあるだろう?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか。引き止めて悪かったな」
いえ、と彼はまた頭を下げて 背を向けて歩き出した。
警戒心が強いのか、元々ああいうタイプなのか。
ボーダーには珍しいタイプの奴だな。
「あれ、風間さんじゃん。なにしてんの?」
彼の姿が曲がり角に消えた頃、後ろから現れた騒がしい男。
よっぽど彼の方が大人っぽかったなと思いながら榎本に会ったことを伝えれば彼は目を輝かせた。
「俺も会いたいんだよね!てか、戦いたい」
「…お前に目をつけられるなんて気の毒に」
「どっちに行った!?追いかければ間に合うんじゃね?」
彼の行った先を指差せば彼は嬉しそうにそちらに走っていく。
本当にお気の毒に、と思いながら自分も彼らの行った先に歩みを進める。
もし、戦うのであれば見てみたい。
騒がしいランク戦室に 目立つ太刀川の姿。
そして、その隣には榎本がいた。
俺と話した時のようにぺこりと頭を下げる彼は 誘いに乗ったのかブースの中へ入っていく。
そして、同じように彼も嬉しそうにブースへ消えていった。
戦闘を映す画面に彼らの姿が映る。
小さく映されるそれを大画面に映すよう伝えれば 画面には大きく彼らが映り 太刀川の知名度によるものか人が集まり始めた。
「なんだ?面白いことしてんじゃねぇか」
「諏訪、」
「お前がいるから何かと思えば」
缶コーヒー片手に笑う彼に 気にはなるだろと彼の方を見る。
ニィ、と彼も笑って 俺らだけじゃねぇみてぇだなと周りに視線をやる。
ちらほらとA級の人たちの姿もある。
「まぁ、そうだろう」
「…榎本はどこまでやれんのかね。黒トリガーなしに」
例のネイバーとは引き分けていたが。
太刀川相手となると、そうはいかないだろう。
▽
「カッコいいじゃん、服」
どこか忍田さんを彷彿とさせる黒いロングコート。
彼は気怠げに立襟の上から首裏を撫でた。
「忍田さんのデザインです」
「あ、やっぱ?ぽいわ」
あの人が今着てるのに、似てるもんな。
まぁイコールで俺のにも似てるんだけど。
「黒トリ使ってもいいんだけど、いいのか?」
「はい、別に」
「そっかー、残念」
まぁ、俺が使う気にさせればいいのか。
「じゃ、行くぞー」
「あ、はい」
振り上げた孤月を彼は軽々と足で止めた。
足で戦うんだっけ、確か。
「けどそれ、二刀流相手には無理じゃね?」
2本目の攻撃を彼は、止めた刀を蹴り落としその勢いで体の向きを変えて防いでみせた。
「おー」
体の使い方が上手いのか。
距離をとった彼は 溜息をついて目を閉じた。
そして、綺麗な笑顔を顔に貼り付けて彼はそっと目を開いた。
あぁ、この目だ。
あの時、イルガー討伐の時に見たのは。
ぞわりと肌を撫でる殺気に俺も笑う。
「いいねぇ、楽しませろよ!」
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