用意周到な罠
開発室。
戸を開いたのはここのところよく話題に上がる黒トリガー保持者の榎本不吹だった。
画面越しに見ることが多かったが、目の前にしてみると思っていた以上に大人びた印象を受ける。
「こんにちは」
「お疲れ。来てくれてありがとう」
雷蔵と言葉を交わす彼を眺めていればその視線に気づいたのか、彼はこちらを見た。
「あ、あの人は冬島さん。A級2位部隊の隊長で、今は特殊工作兵。元々エンジニアなんだ」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
黒トリガーの解析か?と自分の仕事を一旦やめて、彼らに歩みよれば雷蔵がそうですと頷いた。
「まぁ、殆ど確認作業って感じですけどね」
「というと?」
「榎本自身、自分の黒トリガーについてよくわかってるので。新しく手に入る情報はほぼないんです」
首に埋め込まれたものだとは上層部から聞いていたが、男にしては長い髪の隙間からは 確かに首に埋め込まれた器具が見える。
「触っていいか?」
俺の問いかけに彼は少し躊躇ったが、こくりと頷いた。
指先に触れたそれの素材は金属に近いのかひんやりとしている。
2つの部品から成り立っているように表向き見えるが、雷蔵が見せてくれたレントゲンを見るに 内部はもっと精巧な作りのようだ。
トリガーそのものも気になったが、それよりも気になったのは薄っすらの残ると手術痕。
「ここ、開いたのか?」
傷痕に指を這わせれば彼の体がびくりと震えた。
そりゃ急に首を触られればそうなるか、と内心考えながら悪いと呟けば彼は大丈夫ですと、俯いた。
「知り合いの医者に頼んで。」
「へぇ」
ボーダー関係者ではない人なんだろうな。
ボーダーの提携病院で手術を行なえば必ずログが残る。
彼は自らそれを使うまで、こちらに一切の情報が伝わることはなかったのだから 外部の人間だというのは容易に想像できる。
だが、その人はこれを見てどう思ったのだろうか。
まるで、首輪だなと レントゲンを眺めながら思った。
このトリガーになった人間の性格の悪さが伺える。
「これは、母親だっけ?」
「はい」
「医療に長けてたんか?」
何も考えず、こうなることは無理だろう。
本来であれば迅の使うような ボーダーのトリガーのような形になるはずだ。
それが体に刷り込まれているはずだから。
だが、そうなっておらず 遣い手に障害が残らないように且つ首という絶対に外せない場所を選んでいるあたり用意周到なものだろう。
自分が黒トリガーになる、なれる、と信じて疑わず彼を その遣い手にすることすらも 決めていたように見える。
「わからないです」
「自分の母親なのにか?」
「これを付けられる時以外、関わったことないんです」
関わったことがない?
こんな用意周到に事を運んでいるのにか?
関わらなかったのには理由があるのか、もしなかったとしたら何故こんなものを彼に押し付けたのか。
「冬島さん、榎本もういいですか?」
「あぁ、悪い。榎本、今度俺の研究にも付き合ってくれよ」
俺の言葉に彼はぱちぱちと目を瞬かせて自分で良ければと少しだけ表情を緩めて答えた。
失礼します、と雷蔵と共に奥に消えていく彼を見送り 雷蔵が回収していかなかったレントゲンを見つめる。
彼の母親がこうなった状況にもよるが、本当に譲渡したい相手がその場にいなかったのならボーダーのトリガーをモデルにすればよかった。
そうなれば使える者を探す為に、本部が起動テストを行っただろうし。
そうしなかった所を見れば、譲渡の相手は間違いなく初めから榎本不吹であったと考える方が妥当だ。
「失敗作なはず、ねぇな」
何か、がある。
勘だが、確実に何かがある。
榎本が母親と関わってこなかったことにも、これを与えられ戦う道しか選べなくさせられたことにも。
▽
寺島さんとのトリガー解析を終えて欠伸を零しながら、模擬戦でもするかと廊下を歩いていれば後ろから自分を呼ぶ声。
振り返ればぶんぶんと手を振る空閑と隣でぺこりと頭を下げた三雲と女の子。
そういえば、入院している彼の元へ一度お見舞いに行ったっきりだったなと足を止める。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
「元気そうだね」
おかげさまで、と彼は苦笑を零した。
お揃いの隊服に身を包む彼らはこれからランク戦でもあるのだろうか。
「榎本さん、黒トリガーだったんだね」
じっと俺を見つめた空閑の問いかけにそうだよ、と答える。
「それで、三雲を助けてくれたって聞いた」
「助けられていたか、わからないけどね」
「いえ、本当にありがとうございます」
また模擬戦付き合ってよ、と言う空閑に是非と答えて 静かに俺たちの会話を聞いていた女の子に視線を向ける。
「榎本不吹です。自己紹介は、してなかったよね」
「あ、はい。雨取チカです」
「よろしく」
よろしくお願いします、と彼女は頭を下げる。
これからランク戦なのだと、彼らは話す。
頑張ってと伝えれば嬉しそうに笑って俺が行こうとしていた方向へ歩いていく。
ランク戦をやっているとなると模擬戦の相手を見つけるのは難しいだろうな。
見に行こうかとも思ったが、さして興味がなかったし。
それよりも、試してみたいことがあるからどこかの訓練室でも借りようと踵を返した。
トレーニングルームを借りたければ来い、と言っていた忍田さんの職務室の戸を叩く。
返事が聞こえドアを開けば、忍田さんと上層部の集まりにいつもいる女の人。
「榎本か。どうした?」
「トレーニングルーム貸してください」
隊を組めば、隊室に訓練室がつくとは聞いていた。
だが、自分は隊を組むことはできないし 迅さんのように自由に使える訓練室があるわけでもない。
時々こうして、彼の元へ来なければいけないのは結構憂鬱なことではあった。
「最近多いな」
カードキーを受け取りながら、やりたいことがあるのでと答えた。
「お前にも隊室を作った方が良さそうだな」
「あぁ…別に、」
「防衛任務も増えてきただろ?時間潰す時とか休む時 不便だろう」
あの資料室を自室のように扱っていることを彼は知らない。
だから、そうですねと頷けば 上と掛け合っておくよと彼は疲れた顔をしながら少しだけ笑った。
「ありがとうございます。それじゃ、失礼します」
「あぁ。使い終わったらこの部屋のポストにでも入れておいてくれ。俺はきっと会議だろうから」
「わかりました」
昨日の夜。
相楽と久々に手合わせした。
多少は戦い慣れたと思っていた俺だが全く歯が立たなかった。
「相楽に追いつける気がしない…」
カードキーで開いたトレーニングルーム。
トリガーの設定を弄り、トリオン兵50体を召喚したスペースに飛び込んだ。
「だとしても、教わったことは 身につけよう」
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