戦えなくても守れる




最悪だ。

心のなかでそう呟いて地面を睨み付ける。

「君が助けた子供たちのいる孤児院はボーダーの大口スポンサーが経営していてね。君に大変感謝していたよ」
「…そうですか」
「これ、貴方が助けた子供達から」

女の人に手渡されたのは1枚の絵。
ありがとうとお世辞にも綺麗とは言えない字と絵が描かれていた。
反転したあ≠フ文字に子供は器用だな、とどうでもいいことを考えていた。

「事実の確認をしたい」

本部指令の言葉に顔を上げる。

「君は何のためにトリガーを使用した?」
「……孤児院の子供と先生を守るために…使用しました」
「何故、それをあのとき証言しなかった」

理由は何であれ、無断使用したことは変わりません。

俺の言葉に忍田さんは眉を寄せた。

「どうか、君をボーダーに戻してほしいと忍田本部長と孤児院の経営者の人が言っていてね。もう一度君に戻ってきて貰いたいと思っているんだ」
「もう一度、我々に力を貸してほしい。あと100ポイントでB級隊員になれるのだろう?期待している」

女の人が俺の前の机にトリガーを置いた。

「…お話は嬉しいですが、お断りします」

俺の言葉に本部指令の隣にいた彼が眉を寄せた。

「…あの時、俺が彼らの元に行っていなかったとしても彼らが死ぬことはありませんでした。どちらにしても救われた命です。感謝される謂れはありません」
「君には、守りたいものがあるだろう!?戦う術をなくしてどうやって守るつもりなんだ!?」

忍田さんの言葉に俺は笑った。

「戦えなくても守れます」
「…榎本…」

眉を寄せ、忍田さんは何か言いたげな顔をする。
何を言いたいかなんてわかりきっているけど、俺の言葉に嘘はない。
戦えなくても守れる。
ボーダーである必要なんてどこにもない。

「孤児院の経営者の方に、お伝え願いたいんですが」
「何かな?」
「今回も色々なご配慮頂き、誠にありがとうございます。感謝しています、と…お伝えください」

俺の言葉に本部指令の隣にいた先輩の人が僅かに首を傾げる。
忍田さんは俺の言葉の意味がわかったからか、視線を逸らして俯いた。

「…失礼しました」

礼をして、背を向ける。
ドアに手を伸ばしたとき、ノックが聞こえ目の前のドアが開いた。

「おっと、取り込み中?」
「いえ、自分はもう終わりました」

彼の横を通り過ぎて外に出ようとしたとき見覚えのある少年と目が合った。

「三雲?」
「え、榎本先輩!?なんでここに…」
「いや、ちょっとな。…じゃあ」

はい、と頷いた彼から視線を逸らして俺は外に出た。





会議室に入って、一番に目についたのは机に置かれたままのトリガー。

「これ、さっきの子の忘れ物ですか?」

そう言ってそれを手に取れば、忍田さんがそうだと答えた。

「迅。すまないが、それを榎本…さっきの彼に届けてくれないか?」
「わかりました。じゃ、メガネくん後で来るから」
「あ、はい」

会議室から出て迷うことなく向かった先は自販機横のゴミ箱。
すぐに彼の姿を見つけて声をかける。

「捨てていいのか、それ」

ゴミ箱に何か捨てた彼は視線をこちらに向けた。

「さっきの…」
「初めまして。実力派エリートの迅悠一。お前は?」
「…榎本不吹。元C級隊員です」

元じゃないだろ、と言いながらトリガーを差し出せば彼は眉を寄せた。
ゴミ箱のなか、ありがとうと書かれた子供が描いたであろう絵。

そんな無表情に捨てれるもんなのか…?

「…それ、子供がくれたんだろ?」
「だからなんですか」
「捨てていいのか?」

はい、と彼は答えてこちらに視線を向ける。

「そのトリガー、もう俺のものじゃありませんから」
「忍田さんは君に届けてくれって言ってたけど」
「…俺は、ボーダーには戻りたくないんです」

恨めしそうにトリガーを睨む彼。

「…そっか。なら、仕方ないな」

俺の言葉に彼は安心したのか僅かに肩の力を抜いた。

「けど、持つだけ持ってたら?必要になる日が来るよ」
「何を根拠に…」
「俺のサイドエフェクトがそう言ってる。俺、未来が見えるんだよ」

彼は視線をこちらに向けた。
何も映さない闇を掬い上げて造り上げたような真っ黒な目をしてる。

「…その俺の未来で、トリガーがなければ何がどうなるんですか?」
「人が死ぬよ。眠ってる女の子」
「眠ってる、女の子…」

彼はほんの僅か眉を寄せた。

「なら、願ったり叶ったりです」
「え…?」
「さっさと、消えてくれればいい」

彼はそう言って笑った。
作り笑いや強がりには見えなかった。

「いいのか?君の特別な人じゃないの?」
「確かに特別な人ですよ。けど特別だからって大切なわけじゃないです。俺にとってアイツは特別だけど守りたい人じゃない。特別なだけです。だからこそ…」

アイツには死んでほしい。

わかってはいた。
彼がこの言葉を言うこと。
でも、ちゃんと彼の言葉として聞くと妙に殺気を帯びて、息苦しく感じる。

「まぁけどさ。これは持ってて」
「だから、俺は」
「俺が怒られちゃうから」

無理矢理彼の手にトリガーを持たせれば結局こうなるのか、と小さく呟いた。

「悪いな」
「…貴方といい、あの人といい、忍田さんといい…本当に余計なことばかりしてくれますね」

あの人?と首を傾げれば本部指令の隣にいた人ですと彼が答えた。

「あぁ…秀次か」
「秀次?」
「三輪秀次。A級7位の隊長。あ、ちなみに俺はS級だよ」

彼は興味がなかったのかそうですか、と呟いて視線を伏せた。
俺はもう行きますと背中を向けた彼の手にトリガーはどこか居心地悪げに握られていた。

「なぁ、榎本」
「…なんですか?」
「どうしてボーダーに居たくないんだ?」

俺の言葉に彼は足を止める。

「俺には戦う目的も、戦う意思もないですから」
「じゃあ何か目的が出来たら?君は戦う?」

彼はこちらを振り返った。

「その時にならないとわからないですね」
「じゃあさ…」

俺の言葉を聞いた彼は目を丸くした。
そして、怪訝そうに俺を見た。

「何を言って…」
「どうかな?」

彼は眉を寄せ、何も言わなかった。

「いい返事を期待してるよ」

何て答えるかは、わかってるけどね。
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