汚れた自分を肯定してくれる
「よう」
保健室のドアを開いたのは影浦だった。
最初の警戒心はもうない。
「何の用だ」
影浦は保健室を見渡してから、長椅子に腰掛ける。
「榎本と戦ったよ」
「…お前もボーダーのやつか?」
そーだよ、と彼は笑う。
この学校は確か提携してるんだっけか。
人数が多いのは仕方ないが、接触することが多いのはいただけない。
「で?どっちが勝った?榎本は、どうだった?」
「勝ったのはあいつだ。体術と銃剣で 負けた。狙撃銃の」
「なるほど。狙撃銃選んだのか」
まぁ不吹には1番適してるな。
もともと幼い頃から身の丈に合わない鉄パイプやら角材で喧嘩してることが多かったみたいだし、長物の扱いには長けてるはずだ。
そういうとこから考えても、悪くはないチョイスだ。
「お前とアイツは感情の刺さり方が一緒だ」
「感情の刺さり方?」
「俺は感情受信体質っつー自分に向けられた感情を肌で感じとれる体質してんだよ」
なるほどな。
だから、俺のアレを殺意と言ったのか。
「難儀なもんもってんなぁ」
「クソみたいなもんだ。…だが、そのおかげで知った。アンタも榎本も 感情が刺さらない。けど、感情がねぇわけじゃない。完璧にコントロールしてる。そんなの、普通はできねぇ」
お前が教えたんだろ、と確信に近い物言いで彼は言った。
本当に、勘の良い子供だ。
「感情ってのは、予備動作だ」
「は?」
「影浦みたいに難儀な体質がなくとも、熟練した奴らはその予備動作を読み取れる。読み取られれば、防がれる」
手で銃の形を作り彼に向ける。
「例えば、銃を撃とうとするとき。撃ちたいという意思が指先に力を入れる。撃ちたいという意思はわからずとも、指先に力が入るのは慣れればわかる」
「アンタがそうだと?」
「そう。だから、俺と手合わせしてきたアイツは 無意識にその予備動作を抑え込むようになった。その結果が、あれだ」
予備動作は不要だ。
0から一瞬でMAXの攻撃が出来る。
「俺が教えたわけじゃない。勝手に身につけただけだ」
勿論、それを覚えさせる為に特に厳しくしていたのは否めないが。
それでも俺がそうするよう指示をしたわけじゃない。
「そうだとしたら、アンタはなんなんだ?榎本をそんな風に育てて、どうしたかった?」
「別にどうってことはないよ。アイツが生き残る為の術を与えただけだ」
影浦は納得いかなそうに眉を寄せた。
「アイツに死なれたら困るんだ。だから、アイツを守る為に俺が持ち得る全てを教えてる」
「何で養護教諭してるアンタにそんな術があんだよ」
「そこは、トップシークレットだ」
彼は俺を睨みつけたまま舌打ちをした。
「アイツが近界遠征に行ったらどうする気だ?死なねぇ保証はねぇぞ」
「ニュースで流行りのやつか?それに#n1#が行くのか?」
「行かされるんじゃねぇか?黒トリガー持ちだしな」
黒トリガー。
確か軛をそう呼んでたっけか、不吹は。
近界遠征はここ最近ニュースで話題になっていたやつ。
連れ去られた人達を助けに行く、とかなんとか。
「まぁ、行っても帰ってくるだろ」
「何を根拠に?戦争やんだぞ」
「アイツは俺の許可なしに死なないよ」
ふっと笑ってやれば影浦の体が強張ったのがわかった。
「そういう風に育てた」
「おいおい、頭おかしいんじゃねぇの。アンタ」
「俺はもう大事なものを手離す気はねぇんだよ」
沢山の命がこの手からすり抜けていった。
大切なものだって数え切れないくらい失ってきた。
だから、彼が最後の大切なもの。
「何処へだって行けばいいさ。だが、必ず生きて俺の元へ帰ってきてもらう」
「…怖いな、アンタ」
「どうとでも言えばいいよ」
まぁけど、と前置きをして 笑った。
「アイツを死なせるっつーなら、ボーダーをぶっ壊すくらい…やるだろうな」
▽
忍田さんから与えられた隊室は8畳ほどのワンルームだった。
元々は職員の寮のような場所として扱われていたようで 部屋の中にはコンパクトなキッチンもある。
ローテーブルとソファが部屋の真ん中に配置され、ベッドと液晶の乗った机が壁際に置かれている。
「この家具は?」
「いらなかったか?」
「いや、有難いですけど」
使われていなかったものだから好きに使え、と忍田さんは言った。
「ありがとうございます」
「ここに寝泊まりするのもいいが、家にはしっかり帰れよ。ご飯もしっかり食べること」
「あ、はい」
それからトレーニングルーム使う時は、と彼が淡々と説明をしていく。
それを聞きながら 部屋の中を見渡した。
「どうした?」
「いえ、別に」
またわからないことがあれば連絡をくれ、と彼は言って部屋を出て行く。
「そうだ。ここのところ毎日本部に来ているようだが、しっかり休息は取ってるのか?顔色悪いぞ。クマも」
「あ、はい」
「しっかり休めよ。休むことも、必要なことだ」
忍田さんはそれだけ言い残し、部屋を出て行く、
1人になったその部屋で、とりあえずソファに体を沈めた。
ここのところ眠気が酷い。
相楽が傍にいても眠れないことが増えてきた。
薬に頼ってはみるが全くの効果なし。
昔からあったクマは日に日に濃くなっていくし、頭がぼんやりすることも増えた。
ボーダーのトリガーを起動している分には何事もなくなるが、換装を解いた時に一気に疲労や眠気に襲われるのはいただけない。
特別迎撃体制、とやらで俺は今日も任務を与えられているし、連勤が続く。
とりあえず今は少しばかり休んでおこうと、目を閉じた。
だが、それを邪魔した着信音。
携帯をポケットから引っぱり出せば映し出されたのは孤児院の先生の電話番号だった。
携帯をテーブルに放り投げて、立ち上がる。
もうあそこへは行かないことを決めていた。
いつか終わりがくると、わかっていたのだ仕方ない。
あの孤児院は、あの侵攻で建物が半壊。
移転を余儀なくされたと忍田さんから聞いた。
移転先は三門市外だ。
いいタイミングだったと思う。
伊吹の死でもうあそこへは行かないことを決めていた。
だから、移転すると聞いて安心したのだ。
ボーダー隊員は三門市からはあまり出られない。
忙しくて来れないのだと、捨てられたわけではないのだと思ってほしい。
論功行賞の賞金も寄付に回したし、可能な限り支援は続けるつもりでいる。
ただ、そこにはもう俺は行けないというだけ。
眠る気分もだった一瞬で薄れて、足が向かった先はランク戦室。
辺りを見渡して見知った顔を探すが、見当たらない。
こんな日もあるか、ととりあえずブースに入ろうとすれば誰かに腕を引かれた。
足を止めて振り返れば満面の笑みを浮かべる陽介さんだった
「やーっと捕まえた」
「捕まえたって?」
「戦いたいって言ってんのに、全然戦ってくれねぇから。太刀川さんとかとはよく遊んでんのにさー」
今日こそは相手してよという彼の誘いに俺は頷く。
「勝手に走っていくなっつーの!槍バカ!」
「不吹いたからさー」
「お前は飼い主見つけた犬かよ」
呆れ顔の出水さんは次は俺とな、と笑う。
「とりあえず10本でお願いしていいですか」
「いーよいーよ。よっしゃ、やるぞー!」
戦うことは、嫌いじゃないと最近思う。
嫌なことを忘れられるし、汚れた自分を肯定してくれる。
頭が重くなるこの眠気からも逃れられるから。
「相楽も、そうだったのかな」
一人呟いた言葉に陽介さんがこちらを振り返る。
「どした?」
「いえ、」
戦場で、最前線で生きることを選び続けた彼も、何かから逃げる為にそこにいたのだろうか。
だとしたら、俺の行き着く先はどこだろうか。
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