嫌いじゃないでしょ
朝からすこぶる調子が悪かった。
調子が良いことの方が稀か、と内心呟きながら溜息をつく。
特別迎撃体制の要員として本部待機が命じられており、自室として割り当てられた部屋のソファでうとうととしていた。
そんな時鳴った携帯。
相手は忍田さんだった。
「はい」
『敵が来た。パターンA。黒トリガーの使用を許可する』
珍しく上司っぽい彼の口調にはーいと間延びした返事を返す。
『配置は、』
「下じゃないの?」
『いや、上に頼む』
何故?と首を傾げつつ外に出ようとしていた足をエレベーターに向けた。
「なんで上?」
『迅からの指示だ』
「なら、仕方ないね」
屋上に上がれば 無数の目がこちらに向いた。
「なんだ、上に飛ばされたのか?」
荒船さんが笑いながらそう言うのにこくりと頷いた。
「いいじゃねぇの。楽しもうぜ」
当真さんがさっさと換装しちまえよ、とどこか期待に満ちた目を俺に向けた。
トリガーをオフにして、首裏に手をやる。
ひんやりとする感覚を指先に感じながら目を伏せた。
「軛」
小さな声で呟けば体を突き刺す感覚。
この嫌な感覚にも随分と慣れてきたが、嫌なものは嫌だな。
手に馴染む大きな鎌をくるりと回して肩に担ぐ。
「初めて見るけど、カッコいいじゃねぇか」
本部の屋上にある出っ張ったペントハウスの淵に立ち、眼下を見下ろす。
作戦スタートの合図で、斬撃を射程圏内に入る前のトリオン兵に飛ばす。
「出番奪うなよ」
そんな声が下から聞こえるが、ズキズキと痛む頭では 返す言葉も浮かばなかった。
軛を起動させた途端に、痛みが増強した。
いや、もしかしたらこれが本来の痛みなのかもしれないが。
ノーマルトリガーは痛覚は通常レベルにしてあるが、体質的なところは軛とは違う。
軛は生身と全く変わらない設定だ。
痛みも体調不良も。
「とりあえず…さっさと終わらせよう」
▽
黒いコートがはためいて、いやに光沢のある鎌を彼はくるくると弄ぶ。
狙撃に混じり斬撃を飛ばす彼はどこか機嫌が悪そうに見えた。
彼に声をかけようとした時、屋上に向け放たれた何か。
着弾したそれはゲートを開き 犬型のトリオン兵が何匹も現れてきた。
「ゲート…!?」
「なんか出てきたあ!!」
狙撃手は近接戦は向かない。
だからこそ榎本が上に配置されたのだろう。
ペントハウスから屋上に飛び降りた彼は 踊るように犬たちを破壊していく。
自分も孤月を抜いて応戦する横で、木崎さんが応戦するのも見える。
「うおっ!武闘派狙撃手2トップ!」
「頼りになるぜ〜」
周りが見えていないように見えて、しっかりと狙撃手を守りながら戦う彼がぴたりと動きを止める。
「荒船さん、一瞬フォローお願いしていいですか」
「は?どうした?」
榎本は耳に差していた通信機を外し、両耳を塞ぐ。
その姿はカゲとの戦闘の際も見たことのある姿だった。
戦闘前のルーティーンとかなのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
顔を上げた彼は耳に通信機を戻して 口を開く。
「三輪さん、5時の方向に一人います」
その声を聞いたのか地上の三輪と米屋が走り出すのが見える。
「もうフォローはいいか、榎本」
「ありがとうございます」
下から現れた辻と緑川が加わり 上の戦闘も楽になり始める。
「荒船さん!あの人でしょ、黒トリガー!」
「なんだ、会ったことなかったのか?」
「話はよく聞くんだけどね」
きらきらと楽しそうな緑川が踊るように戦う彼を見る。
「ログは時々見てるんだよね、ノーマルトリガーの」
「カゲとのは見たか?」
「まだ!」
面白いぞ、と言えば彼は終わったら見てみようと笑った。
長物の扱いには長けているという話だったが、たしかにその通りだ。
自分の背丈を越える鎌を腕のように、時には足のように操り 敵を軽々と蹴散らしていく姿は圧巻だ。
狙撃も再開して、上が片付いた頃 榎本は耳に手を当て 誰かと話していた。
▽
「迅さん、聞こえます?」
「え、不吹?どうした?」
「陽太郎君、カピバラに乗って走ってますけど。いいんですか」
視たのか、という彼の問いかけに偶然視えましたと伝えれば ちょっとやばいんだよねと彼は言った。
「あのフード被った人 追いかけてるんですか?」
「そこまで視ちゃったの?」
「視えちゃいましたね」
そっちはね、俺が行かないといけないんだよねと迅さんは言った。
「だからさ、地上戦は任せたよ」
「任せられても」
「そう言わないで。上にはそれ以上トリオン兵は送られないはずだから」
何人か下に移動するぞ、という荒船さんの声に肩に鎌を担ぐ。
「下で好きに暴れておいで」
「俺を戦闘狂みたいに言うのやめてもらえますか」
「嫌いじゃないでしょ」
あぁ、そうだな。
嫌いではない。
嫌なこと思い出さずに済むし、何も考えなくていいから。
ただ目の前にいるものを壊していけば、それでいいのだから。
「榎本!お前もいけるか!?」
荒船さんからの言葉に俺はこくりと頷いた。
「迅さん。とりあえず、子供を戦場に連れて行くのは許さないですよ」
「わかってるよ」
「じゃ、切ります」
屋上から飛び降りる荒船さん達の後を追い、飛び降りた。
▽
相変わらず頭から飛び降りる彼においおい、と思いながら 苦笑を零す。
普通足から降りるだろ、と堤に言えば隣にいる彼も苦笑を零す。
「癖なんですかね」
「見てるこっちからすりゃハラハラすんだけどな」
鎌を地面に着き、くるりと身を翻し着地した彼がこちらを見る。
「指示ください」
「おー、二宮が出すよ」
こいつな、と隣に立つ彼を指差せば榎本はぺこりと頭を下げた。
「たがいにフォローできる距離を保って左右に展開。角度をつけて火力を集中させ敵を確実に減らす。銃手、射手は防御重視の包囲射撃。攻撃手はそれを援護。狙撃手は敵の射程外から攻撃だ」
自然と二手に分かれて行くチームだが、トリオン兵がいるのは3本の通り。
と、なれば残りの1つはおそらく#n1#だろう。
「お前は フォローはいるか?」
二宮が相変わらず冷たい物言いで#n1#にそう尋ねる。
彼は目を瞬かせてから、表情を消して答えた。
「いりません」
「そうか。なら、この先の通りは任せる」
「了解です」
彼は一人通りを外れていく。
その背を見送れば二宮が本当に大丈夫ですか、俺の方を見た。
「榎本のことか?」
「はい」
「大丈夫だろ。あいつ、強ぇから」
「ならいいです」
踊るように戦う彼を見て、こっちも気合いいれるかーと銃を構える。
「連携勝負でトリオン兵にゃ負けらんねーなぁ!」
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