初めて見た彼の弱さ
戦いが収束し、それぞれが撤退していく中。
画面の中に映る榎本の姿に違和感を覚えた。
一人でトリオン兵を相手していた彼は集まる他の隊員達から距離を取って、本部の中へ入ったようだった。
「すいません、席外しても?」
「あぁ。お疲れ」
忍田さんにお疲れ様ですと返して 彼が使った通用口に向かえば 大きな鎌に縋り付くように蹲る榎本の姿があった。
「おいっ、大丈夫か!?」
やはり、違和感は間違いなかったようだ。
元々初めて会った時から顔色は良くなかったがここの所それが悪化している風に思えていた。
今日も今日とて、彼の目の下には大きなクマがあったし待機室として割り当てられた部屋に一度顔は出したがすぐに自室に引っ込んでしまったのも気がかりだった。
彼に駆け寄って、顔を覗き込めばやはり顔色はすこぶる悪い。
「大丈夫か?榎本、聞こえてるか?」
「…はい、大丈夫です」
はぁ、と大きく息を吐いて、彼は手の中にある鎌を消す。
ちょっと待てよ。
今、榎本はトリオン体なのか?
黒トリガーが起動してるのに、体調不良?
「換装、解けるか?医務室に運ぶから」
「いえ、俺の部屋で…大丈夫です」
彼が首裏に触れれば、彼の服は制服に変わる。
やはりトリオン体だったようだ。
それなのに生身の体調不良がそのまま現れていた。
肩を貸してやれば、少しふらつく足どりだが彼はなんとか自分の足で歩き始める。
「頭痛いとか気持ち悪いとかあるか?」
「頭は、痛いかも。なんか、重たくて 頭が。とりあえず、眠りたい」
彼の部屋について、彼をベッドに座らせる。
学ランを脱がせ、ズボンはどうする?と聞けばこのままでいいですと彼はベッドに倒れこんだ。
クマも酷いし、顔色も悪い。
「睡眠不足か?」
「…はい」
「忍田さんには言っておくから、休めよ」
はい、と返事をしたが彼は目を閉じて 糸が切れたように眠りについた。
放っておくのも怖いが少し気がかりだった。
トリオン体のはずなのに、生身と同じ体調不良の症状が現れていたこと。
一旦パソコン持ってくるか、と元いた部屋に戻れば もういいのか?と忍田さんがこちらを見る。
「忍田さん、榎本なんですけど」
「榎本がどうした?」
「体調悪いみたいです。寝不足だと思うんですけど」
寝不足、という言葉に彼は少し表情を強張らせた気がした。
「なんか、思い当たることあります?」
「いや、休ませておいてくれ。ここのところシフトを増やしてしまっていたし、ランク戦やらなんやらでずっと本部漬けだったからな」
「はい」
自分のパソコンを片手に部屋を出て、とりあえずで水とお茶を自販機で買って 彼の部屋に戻れば上半身を起こしているが榎本こちらを見た。
「まだ寝てろよ、寝不足だろ。そりゃ」
「冬島さん…」
飲むか?と差し出した2つのペットボトル。
水を手に取った彼はありがとうございます、と頭を下げて 一口二口と水を飲んで俯いた。
「頭、まだ痛いか?」
「はい」
さっき眠ったはずなのに、なぜ目が覚めたのか。
ぼんやりとしてるようだが、眠る素振りを彼は見せない。
「寝なくていいんか?」
「ここじゃ、寝られないので…とりあえずもう落ち着いたんで、帰ります」
「人がいると寝れねぇか?それなら俺出ていくけど」
俺の言葉に彼は首を横に振った。
「そういうんじゃないです」
「…そうか」
ベッドから降りた彼はのそのそと帰り支度を始める。
忍田さんに報告が、と彼が呟くから 今日は休めってと言えばありがとうございますと頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました」
「いや、いいよ。無理すんなよ」
榎本は俺に背を向けて誰かに電話をかけ始めた。
「もしもし、ごめん。俺。相楽、今どこにいる?」
相楽。
榎本らしくなく、心を開いているような砕けた喋り方。
「そう、ごめん。睡眠不足で倒れかけて。うん、今日家行っていい?」
ふらふらと力なく歩く彼の背中。
今にも倒れそうで、彼に駆け寄る。
「迎え来てくれそうか?」
「あ、はい」
「外まで送る。倒れそうだから、」
目を瞬かせた彼が大丈夫です、と言うが電話の向こうからお願いしますと声がする。
『すぐ迎えに行くので、付き添ってやってもらえますか?』
電話の向こうから聞こえる声は自分とそう変わりない声色に聞こえる。
親か、とも考えたが 榎本が名前で呼んでるところを見ると違うだろう。
少し時間が経って、本部から少し離れた場所に止まったハマー。
運転席から降りた男はこちらを見てぺこりと頭を下げた。
「不吹がご迷惑をおかけしました」
「いえ…」
「ごめん、相楽」
彼は榎本の顔を覗き込み、頬に手を添える。
「ここんとこいつもより眠り浅かったもんな。夜もよく魘されて目覚めてたろ」
その手に榎本はすり寄り、ごめんと呟く。
初めて見た彼の弱さだった。
「ここまで悪化してたのに、なんで言わなかった?」
「…迷惑かけたくないし、」
「俺がお前のこと迷惑だなんて、思うはずないだろ」
助手席のドアを開いて、榎本がそこに乗り込む。
ドアを閉じてあげたその男はこちらを見た。
「うちの不吹がご迷惑をおかました」
「いえ…えっと、お兄さんか何かですか?」
「いや、血の繋がりはないです。育ての親だと思って貰えれば」
西尾相楽です、と彼は手をこちらに差し出した。
それを握り返し 冬島慎次ですと返す。
握ったその手は傷だらけで 手の皮はまめが何度も潰れたのが硬くなっている。
「…言っても無理をする奴だと思うんですけど、無理をしすぎないよう見ていてやってください」
「はい、気をつけます」
「それじゃ、失礼します」
西尾と名乗った彼は運転席に乗り込み、ぐったりとすると榎本に声をかける。
榎本は表情を緩ませて話しながら 車が発進する。
「榎本にも、あーいう相手がいんのか」
▽
助手席でぐったりとする不吹の頭を撫でてやれば ごめんねと力なく聞こえた声。
「いいよ。気付いてて放っておいた俺も悪かった」
「言わなかったのは、俺だから」
「とりあえず、今日はずっと一緒にいるから。寝れる限り寝ような」
うん、と彼は頷いて その目を閉じる。
「家着いたら一旦起こすな」
「うん、ありがとう」
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