あと一回死ねるだけ
「隊長ー、昨日からずっと何してんの」
気だるげな当真の声に、いや少し気になることがあってと返せば手元のパソコンを覗き込んで 榎本じゃんと呟く。
「気になるって?何が?」
「…痛覚オフにしてないんだよ、あいつ」
「は?まじ?」
痛覚を残す奴は少なからずいる。
だが、彼は恐らくMAXだろう。
「見てみ。これの時とか。顔歪めてんだろ」
「そう言われると…確かに」
明らかに痛いって顔をすることが時々ある。
映像で何度も見直してるから見つけられるくらい些細な変化だが。
「けどなんでわざわざ?痛くしちゃ戦えねぇだろ」
「…あいつの黒トリガー…痛覚操作の機能がねぇんじゃねぇかと、思ってんだよ」
榎本は生身と同じ体調不良をトリオン体でも訴えた。
俺の予想通り黒トリガーでのトリオン体が本当に生身と同じなら、一回死ねるだけのただの体だ。
通常の模擬戦すらも彼にとっては苦痛であってもおかしくない。
「もしそうだったとして、どうすんだよ」
「え?」
「戦わなくていい、なんて ならねぇんじゃね?」
それはそうだ。
たとえ、そうだとわかっても 榎本が戦わねばならぬ状況は変わらない。
けど何か力になれることがあるかもしれない そう思っていた。
「…だとしても、放っておけば壊れんぞ。こいつ」
「わかるけど。こんな重要なこと上が知らないはずなくない?普通に生きてたヤツが腕切られてみ?泣き叫んだり、気絶するに決まってんじゃん」
そう、なのだろうか。
俺まで情報が伝わっていないだけで…
「それにさー、隊長がわざわざ気にすることなくね?」
「え?」
「いや、物珍しさは確かにあるけどさぁ。隊長、エンジニアじゃないし 言いたかねぇけど、榎本は本部長派閥の奴だし。本部長なら、知ってんだろ」
確かに彼なら痛みを耐えて戦わねばならぬ、と知っていて戦わせたりしないだろうか。
「まぁ、やめろってわけでもないけど」
「いやいいよ。確かに、当真の言う通りだ」
暴きたいのだ。
彼の母親が 遺したものの意味を。
そして、選ばれた榎本不吹という存在を。
だが、そうだな。
表立ってやるべきことではない。
下手に情報が広がって 榎本が辛い立ち位置になってしまっても嫌だしな。
「ちょっと出てくるわ」
「おー」
榎本のトリガー解析は雷蔵が担当していたはず。
アイツとは仕事で何度も協力してきたし、ラボという外と隔離された場所で話せる。
とりあえず榎本の連絡先も手に入れておきたいし、次にラボに来る日を教えてもらおう。
パソコン片手に外へ出れば 扉の前に人影。
うおっ、と急ブレーキをかけ止まれば 今頭の中のほぼ全てを占めていた榎本が立っていた。
「こんにちは、」
「榎本」
「昨日はご迷惑をおかけして、申し訳ありません。気づいてくれて、ありがとうございます」
彼はぺこりと頭を下げた。
「いや、もういいのか?」
「たくさん寝れたので、もうスッキリしてます」
「…それなら、よかった」
ちら、と後ろを見れば当真が 誰?と声をかけてくる。
「榎本だ」
「へぇ、」
寝ようとしていた彼が立ち上がり、ひょこひょことこちらに近づいてくる。
「ほんとだ。俺、当真勇。前会ったとき自己紹介してなかったから」
「榎本不吹です」
「よろしく。隊長に会いにきたの?」
お礼を言いに、と彼は言った。
「すいません。お忙しい所、失礼しました」
「いや、わざわざ気にしなくてよかったのに」
「そういうわけにもいかないので。どこかに行く予定でしたよね?」
自分はもう行きますね、ともう一度頭を下げて彼は歩いて行く。
雷蔵なんか通さなくても、直接連絡先を聞けばいいか。
「あー、待て待て。榎本」
「はい?」
「連絡先聞いていいか?」
いいですよ、と彼は連絡先を教えてくれて。
今度こそ失礼しますと歩いて行った。
「隊長ー、何連絡先まで交換しちゃってんの」
「別にいいだろ。じゃ、行ってくるから」
「…はーい」
▽
「昨日はすいません」
「もう出てきていいのか?」
「ただの睡眠不足だったので。寝たら落ち着きました」
それなら良かった、と忍田さんが安心したように微笑んだ。
「調子悪そうだったのに、無理をさせてすまないな」
「いや、いいですよ。身体動かしてる方が気が紛れるし」
「…慶みたいなことを言うなよ。最近、よく戦っているんだろ?」
強いですよね、と言えば少しだけ嬉しそうな顔をした。
「よく似てます。忍田さんに」
「私の弟子だからな」
「そうだろうと思ってました」
慶が気に入っていたよ、と彼は言って、嫌じゃなければまた付き合ってやってくれと 続けた。
「いい練習になるので。喜んで」
「そうか、よかった。この後は任務か?」
「いえ、休みです。少し模擬戦でもして帰ろうって思ってます」
あまり無理するなよ、と彼は俺の頭を撫でた。
「忍田さんは、もう大丈夫なんですか?」
「え?」
「俺と、顔を合わせたがってなかったように感じてたので」
なんとなく取られていた距離はここ最近感じなくなってはいたが。
「よく気づくな、お前は」
「…まぁ、」
「もう平気だ。気を遣わせたなら、申し訳ない」
結局のところ、何が理由だったのかはわからないが 彼の気が済んだなら もういいか。
時期的に三雲の会見の頃だったし、三雲を悪役にしてしまったことへの後悔とかだろうな。
「ところで、」
「はい?」
「また一つ、仕事を頼めるか」
なるほど。
珍しく本部長室に誰もいないわけだ。
「三雲隊に新しい隊員が入る」
「それもまた、近界民だと…?」
「話が早いな。そういうことだ」
なるほど、と呟けば こちら側に向けられた紙。
入隊の書類のようだ。
「…ヒュース、」
「一応、接触してくれるか?空閑くんよりも、不安がある。彼はアフトクラトルの者だ」
「へぇ、」
捕虜だったのが寝返ったのか?
まぁ、その辺りの経緯はどうでも良いけど。
「遠征は不吹も同行してもらうことになるだろう。その中でも、彼の監視は必ず必要になる」
「わかりました」
「共に行動できるくらいの、関係になってくれるのが望ましい」
努力します、と答えた その紙を手に取る。
「空閑くん同様、最悪の場合も考えてほしい」
「…勝てれば、いいんですよね?戦闘もしておきます」
「悪いな」
いえ、1人も2人も変わりませんと答えて その紙を彼に返した。
専用のトリガーを持っているようだが、それの使用はボーダー内ではできないだろう。
どれくらいの強さかわからないのが、難点だな。
「とりあえず、接触の機会はこちらでも作れるように努めるが 不吹も好きに動いてくれて構わない」
「はい」
「…それから、無理はするなよ」
倒れられては 困るんだと 彼は言った。
こんなこと頼めるのは俺しかいないから、というのもあるのだろう。
「大丈夫です、もう無理はしませんから」
「そうか。話は以上だ。ゆっくり休んでくれ」
「失礼します」
三雲は相変わらず面白いことをする。
近界民を2人も隊に入れるとは。
まぁそれが、彼の思う正義の為なら 邪魔をすることはない。
とりあえずあのヒュースという近界民に接触することが第一目標になるな。
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