縮まらない距離
「どーだ、うめーだろ。コラ」
「うまうま」
後ろの席から聞こえた声は妙に聞き慣れた声だった。
向かいに座る彼もそう思ったのか 影浦か?と小さな声で言う。
「かもね」
「ま、この辺学校の近くだもんな」
最後の一口を食べ終えた相楽は口の端に付いたソースを舌先で舐めて、両手を合わせる。
「悪かったな、食えないのに付き合わせて」
「いつものことじゃん。俺は任務前にてきとーになんか食べるからいいよ」
「たまに急に食いたくなんだよな、粉もんって」
調味料を使ったものが 基本的に食べられない。
といっても、アレルギーとかそういうものではなく ただの精神的な理由だと言われた。
実際に昔は食べられたから 間違いはないだろう。
米も白米、肉も魚も味付けはしないし、野菜だってそう。
素材本来の味が不味いとは言わないが、食事は俺にとっては作業でしかなかった。
「にしても カゲ。おめーずいぶん空閑のこと気に入ってるよな」
「あー?」
「だよね。自分から店に連れてくるとか。カゲに友達増えてゾエさん嬉しいよ」
うるせー、と影浦さんの声が耳に届く。
空閑も当真さんもいるようだし、ボーダーの集まりなんだろうな。
「こいつは他のやつとはものが違うんだよ。普通のやつは攻撃してくる時、攻撃するより先に攻撃すんぞって感情が刺さってくる。俺のクソ副作用のせいでな。けどコイツにはそれがねぇ。メカか昆虫かってくらい攻撃の感情が読めねぇ」
「ムシ?」
「こんなに感情消して攻撃してくんのはこいつ以外じゃ、東のおっさんか榎本くれーのもんよ。あー、あとエセ養護教諭」
それ相楽のことか、って思って前を見れば伝票片手に立ち上がった彼がおもちゃを見つけたみたいな笑みを浮かべていた。
そして、背後から聞こえた ガタッという音。
「陰口は良くないぜ?影浦」
「…なんでいんだよ」
「客だよ、客。帰るぞ、不吹」
こくりと頷いて立ち上がれば 空閑が榎本さんもいたんだねと笑った。
「いるなら声かけろよ」
「すいません、邪魔しちゃ悪いかなと思って」
知らない人が3人、か。
ログでは見たことあるけど、名前まではわからないな。
確か影浦さんの隊の人と支部の人?
ヒュースと戦った時も、確かいたような…。
「混ざってくか?」
「遠慮しておきます、この後任務なんです」
相楽に視線を向ければ影浦さんを見て、ふっと表情を緩めた。
おもちゃにされてるなぁ、影浦さん。
「驚かせて悪かったな、影浦」
「…わざとだろ」
「勿論。下手なこと喋るなよ」
じゃあな、と手を振った相楽の後を「お先に失礼します」と声をかけてから追いかける。
「何食いたい?お前。時間あんなら作るぞ」
「いや、大丈夫。直接、ボーダーでいいよ」
「了解。いつかお前と美味い飯食いたいわ」
食えと言われれば食べるけど、と言えば それで具合悪くされてもなと彼は笑って俺の頭を撫でた。
「ほれ、」
「ありがとう」
渡されたメットを被り、相楽のバイクの後ろに乗った。
バイクの免許とりたいな。
ひんやりとする夜風が心地よい。
「じゃ、気をつけろよ」
メットを脱いでボサついた髪を相楽が撫でて、笑う。
「うん、また明日」
「また明日」
離れていくバイクのエンジンを聞きながら、ポケットからトリガーを取り出した時 誰かが俺を呼んだ。
振り返れば迅さんがひらりと手を挙げる。
「なんか久しぶりだね、会うの」
「そうですね」
「あれ、なんか警戒されてる?」
そんなことないですよ、と答えればさっきの人は?と首を傾げた。
「身元引受人の人です」
「仲良いんだ」
「そうですね」
正直、相楽の存在に疑念を持たれたくない。
彼の過去は掘り返せば掘り返すほど 真っ黒だし。
あの軍事会社まで出てきたら 余計面倒なことになる。
「そういえば迅さん」
「ん?」
「ヒュースと俺を会わせたかったのってなんでですか?」
パチパチと目を瞬かせた彼は仲良くなれそうだったからと笑う。
そんな単純な理由ではなさそうだよなぁ。
空閑の時も俺と戦うよう言ってたけど、やっぱ忍田さんとのやりとりがバレてる?
「ヒュース、気難しいしあんまり友達いないから。仲良くなってほしいなって。これは本音!」
「これは、なんですね?他にもある、ということで間違いないですか?」
「否定はしないかな」
踏み込んでもこれ以上は聞けなさそうだな。
トリガーをかざし、中に入れば彼も後を追いかけてくる。
「玉狛にいること多いからさ、よかったらうち来て戦闘訓練付き合ってあげてよ」
「わざわざ俺が行く必要ありますか?」
「…鋭いなぁ」
じゃあご飯に招待させて、と言われて それも断れば やっぱり?と首を傾げる。
「榎本をご飯に誘って 来てもらえる未来が見えたことない」
「だと思いました」
「俺だから嫌?他の人も?」
誰に誘われても俺は行かないだろうな。
一々説明するのも面倒だし。
食事で共有できる感情がない。
「誰であっても、ですね。すいません、部屋寄ってから行くのでここで失礼します」
「そっか。じゃあまたね」
「はい」
▽
「やっぱ手強いなぁ…」
最初に比べて 警戒心が強くなってる。
「けど、あの白衣の人は身元引受人だったのか」
いつも彼の死の近くにいた謎の人。
血の繋がりの有無はわからないけど、近しい存在なのは間違いない。
「どうにかこうにか、接触したいんだよね」
「随分大きな独り言だな」
「うわっ!?冬島さん、びっくりさせないでよ」
お前が勝手に驚いたんだろ、と彼は疲れた顔を隠すことなく言った。
「で?今度はなんの暗躍?」
「なんもしてないよ」
「そんな顔してよく言うよ」
榎本のこと、と言えば 少しだけ冬島さんが顔をしかめた。
「お前、アイツのことどこまで知ってんだ?」
「どこまでって?」
「出生は?生い立ちは?あの黒トリガーについては?これから先のことは?」
投げかけられる質問に 俺は答えを持っていなかった。
「何も知らない。これから先のことも、正直な話 よく見えてない」
「…そうか」
「けど、榎本がいなくちゃ ダメなことは 間違いない」
冬島さんははぁ、と溜息をついて 雑に髪をかきあげた。
「とりあえず、榎本とご飯に行けるくらいの距離感の人を作りたい」
「ご飯?」
「そう。榎本、人とご飯行かないんだよね」
昨日、あの西尾って人とご飯行くって言ってなかったか?
ボーダー内は、ってことだろうか。
まぁ特別な関係っぽい感じだったし、あの人が特別なだけ?
「冬島さん?」
「ん?いや、何でもない。俺も声かけてみるわ」
「ありがとう、助かるよ」
お前より胡散臭くないならな、と笑えばそれは酷いと彼も笑う。
「そうだ、ひとつだけ」
「ん?」
「出生、ってさっき言ってたけど。このボーダー本部の初期システムを構築したエンジニアが榎本の父親だったって話」
は?
林藤さんの情報だから間違いないんじゃないかな、と迅は言う。
「…今どこに?」
「死んだって、話だけど。詳細は俺もさっぱり」
「…まじかよ」
あんなわけわからんトリガーになった母親とこの本部のシステムを作った父親?
何つー両親の元生まれてんだ。
もしかしたらあの首のやつ、設計は父親か?
「冬島さん?」
「あ?いや、悪い。ありがとな」
「あ、うん」
▽
「あ、」
離れていく冬島さんの背中を見ながら視えた未来。
「なんか、動いたな」
思わぬ方向に転がった気がするけど。
「冬島さんかなぁ、」
榎本にとって特別になるボーダー隊員。
その候補はいくらかいる。
いま、一歩 冬島さんがリードした。
個人的にはヒュースとそうなってくれるのが嬉しいんだけど。
さっきので怪しまれちゃったから少し遠退いた。
けだ、ヒュースの方は結構好意的っぽいんだけど。
ちょっと聞いてみるかな。
俺も榎本との距離をどうにかしなくちゃな…。
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