あまりにも突飛な憶測
「榎本」
制服姿で一人歩く後ろ姿に声を掛ければ、彼は足を止め振り返る。
顔色はあまりよくはないが笑みを浮かべた彼はぺこりと頭を下げた。
「お疲れ様です、冬島さん」
「なんだ、また一人か?」
「一緒にいるような相手もいませんよ」
寂しいこと言うなよ、と笑えば彼はそうですねと困った顔をした。
「昼飯は?食った?」
「あ、いえ…」
「まだか?なら一緒にどうだ?話もしたいし」
一瞬その表情に戸惑いが見えた。
なるほど、迅の言う通りらしい。
「こんなおっさんと飯は嫌か?」
「あ、いや…そういうわけではないですが…あの、」
「飯…嫌いか?」
え、と小さな声が零れた。
どうやら図星らしい。
あの西尾って人は信頼しているようだったし、きっと事情も知っているんだろう。
「隊員の中にも時々いるんだよなぁ、飯食えなくなるやつ。戦闘に慣れなくてさ」
「…そういうのじゃ、ないんです」
「そうか?」
行き場を探すようにその目が彷徨いそして、観念したのか大きく息を吐いた。
「すみません、あの…食事は取れるんです。ただ、調味料が…だめで…」
「調味料?」
「体が、こう…拒絶するんです。食べると気持ち悪くなってしまって…」
意外な返事だった。
ボーダーに入り戦闘をして、人を殺すことに慣れず飯が食えなくなる奴はいる。
だが、そういう類の話ではないらしい。
「いつから?」
「随分と、前からです」
「…辛くないか、」
慣れました、と彼はやはり笑った。
「調味料は使えなくても、素材の味はわかりますし。相楽が作ってくれるご飯は、美味しいですよ」
「この間の?」
「俺の為に、色々…素材の味を生かしてご飯作ってくれるんです」
いい人だな、と言えば彼は嬉しそうに頷いた。
「…それなら、すまん。俺の飯に付き合ってくれないか?一人飯は少しな、」
「それなら…はい。俺でよければ是非」
「そう言ってくれて、嬉しいよ」
向かい側に座った彼に悪いな、と声をかけながらラーメンを啜れば気にしないでくださいと答えた。
「あの西尾って人から育ての親って聞いたけど。お前の父親は?母親は会ったことないって聞いてたけど…」
「父親もですよ。会ったことないです」
「……西尾さんに出会う前は…?」
覚えていないです、と彼は答えた。
「いつから独りだったのか。どうして、独りで生きていたのか覚えていないんです」
「覚えてない…」
「なんか記憶に靄がかっていて…。どこかで誰かと生活していた気もするけど、そうじゃない気もして」
お役に立てなくてすみません、と頭を下げた彼は困った顔をしていた。
「もし、良けりゃ…一緒に探してみるか?」
「え、」
「俺がエンジニアやってたのは知ってるだろ?お前よりも閲覧できる情報は多いし。榎本が親の事知りたいって思ってんなら、手伝うよ」
彼は目を丸くして俺を見た。
俺の興味が一番ではあるけど、彼に同情したというのもある。
あんな不憫なもんを押し付けられて、自分の意志に関わらず戦場に繋ぎ止められて。
普通に生きることを知らない彼を、どうにかしてやりたいと。
当真にはきっと怒られるだろうな、隊長がやるべきことじゃないって。
「……お願いしても、いいんですか?」
「いいよ。俺も榎本の事知りたいんだ」
「お願いします。力を、貸してください」
初めて会った時大人っぽい奴だと思ったけど、大人にならざるを得なかったんだろうなって今なら思う。
「その代わりさ、」
「はい?」
「榎本がご飯を食べれるようになった時は、一緒に飯食いに行こうぜ?いい店知ってるんだ」
その時はぜひ、と彼は微笑んだ。
▽
「お?珍しい組み合わせだ」
隣にいた荒船の言葉に彼の視線の先を見れば冬島さんと榎本が話している姿が見えた。
「荒船は仲良いんだっけ?」
「良いかはわかんないっすね。任務教えた縁で時々話しますけどね」
「そうか…」
東さんが榎本を気にかけてるって話本当だったんですねと俺の顔を覗き込みながら彼は笑った。
「誰から聞いたんだ、そんなこと」
「米屋とかその辺りから」
「なんていうか存在が曖昧っていうのかな…目を離した隙に死んでしまいそうなそんな雰囲気があるだろ?」
言いたいことはわかりますよ、と荒船は2人の方を見た。
「けど意外と最近は上手く人付き合いしてるみたいですよ。太刀川さんとは頻繁に連絡とって模擬戦やってるみたいだし。カゲも気に入ってるらしくて、学校でも会いに行ってるって話だし」
「影浦が?」
「はい。穂刈から聞いたんですけどね。榎本って保健室登校らしくて、カゲも最近よく顔出してるって。まぁさぼりたいってのもあるとは思うんですけど、わざわざ人がいる場所にさぼりに行くような奴でもないし」
保健室登校。
そういえば、出水も養護教諭と彼が親しいって話をしていた気がする。
「……影浦って今日は来てるのか?」
「カゲですか?来てますよ。さっき暇なら付き合えって連絡来てたんで…」
「ちょっと会わせてくれるか?」
不思議そうにはしていたが、電話をかけて影浦を呼んでくれたらしい。
マスクを鼻まで上げて睨みをきかせた影浦は「なんだよ」と不機嫌そうに言った。
「悪いな。1つ聞きたいことがあって。…榎本が親しいっていう養護教諭のことなんだが…」
「は?あのおっさんに手出すのはやめとけよ」
「え?」
影浦は「触らぬ神に祟りなし。藪をつついて蛇を出す必要ないだろ」と呟きくるりと背を向けた。
「ちょっと待ってくれ。それ、どういう…」
「そのまんまだわ。世の中触れて良いもんと駄目なもんがあんだよ。アイツらは圧倒的後者」
勘弁してくれよ、と呟きながら冬島さんと話す榎本に気づいたのか彼はそちらに歩み寄っていく。
「どういう意味ですかね…?」
「さぁ…?影浦があんなに言うのも、珍しいというか…」
「確かに」
榎本に声をかけたカゲに冬島さんは少し驚いて、だが笑みを浮かべ席を立った。
二人は肩を並べて模擬戦のブースに歩いていく。
「…仲が良いのは本当みたいだな」
「はい。カゲは空閑のことも気に入ってるみたいですけどね」
「良い傾向だけどな…」
だが、気にかかるな。
影浦があそこまで言う相手がいる場所へ何故、行くのか。
「感情が刺さらないっていうのが2人の共通点みたいですけどね」
「へぇ…?珍しいな、」
感情を隠しきるなんて、できるのは熟練の兵士くらいなものだろう。
「熟練の…兵士…?」
「東さん?」
以前、彼が初めて会議に参加した時。
彼は言っていた、戦争を経験してきた人から学んだと。
それがもし、考え方だけでなかったら?
あの時は戦争を経験した曾祖父とかがいるのか、とも思っていたが…。
「戦争を経験してきた人…か」
頭の中で繋がった1本の筋。
あまりにも突飛な仮説だが、もしそうなら…。
「俺はな、榎本の戦闘スタイルというか 戦う姿を見ていていつも不思議だったんだ」
「と、いうと…?」
「どこで、誰に、あんな戦い方を教わったのか。ボーダーに入る以前に、彼はどこで戦闘訓練を受けていたのか」
戦闘訓練なんて、と荒船は言ったが俺の言いたいことはわかるのだろう。
続く言葉はなかった。
「……榎本には間違いなく、先生がいる。感情を隠す術を、銃剣での戦い方を、あの身のこなしを教えた先生が」
「……それがその、養護教諭だと?流石にそれは、」
「俺もそう思う。けど、今榎本の周りにいる大人はその人だけだ。影浦があんな風に言うのも、もしかしたらそれを知っているからだと思えば…腑に落ちる」
戦争なんて、と荒船は呟き俯く。
「……その人が近界民ってことですか…?」
「可能性は、ゼロじゃないかもな…」
「そうなったら、榎本は…?」
わからない、としか答えられなかった。
血の繋がった妹を亡くしてもあの平静を保っていた。
人が死ぬことに、彼はあまりにも無関心すぎたと思うのだ。
「まぁ俺の憶測でしかないしあまりにも突飛な憶測だから気にしなくていいよ」
「あ、はい…」
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