ただ一人の為に全てを犠牲に




保健室の戸を開くと珍しく定位置に榎本の姿がなかった。
ベッドのカーテンも閉まっていない。

「榎本は?」
「今日は任務ってよ」
「あー…そういやそうだったか、」

ベッド使うなら好きにしていいぞ、とこっちを見ずに言ったおっさんは机に向かって何かを書いているらしい。

「…なんだよ」

なんとなく、普段不吹が座っているおっさんの前に座れば彼は顔を上げた。

「なんか機嫌悪い?おっさん」
「あぁ…」
「なんかあったんか、」

東春秋って知ってるか、と彼は資料の下に隠していた煙草に手を伸ばしながら言った。

「なんで…東のおっさんの名前が…」
「昨日ここに来た」
「は?」

何の為に、と聞こうとしたが荒船に呼び出され彼のことを聞かれたことを思い出した。

「……用件は、」
「不吹の師匠への存在への不安?」
「あぁ…」

気持ちはわかる。
榎本の戦い方は異質だ。
あれを人の指導なく行っていたと考えるのは無理がある。
黒トリガーを所持していることもあり、榎本の指導者について色々な憶測が飛び回っているのは俺でも知っていた。
その存在が彼だと知る人は、きっと今のところ俺くらいなものだろう。

「なんで、アンタにたどり着いた…?」
「まぁ、親なしの不吹の周りにいる血も繋がらない大人…。それだけで怪しさあんだろ。ボーダーはこの学校に多いし、不吹の周辺にいる怪しい存在は?ってなりゃ俺にたどり着いても驚きはしない」
「それだけで…いや、まさか…」

荒船に呼び出されて答えたあの時…東のおっさんの疑惑が確信に変わっていたとしたら?
もっと上手く無関心を装えば、こうはならなかった可能性はある。

「…悪ぃ、俺のせいかもしれねぇわ」
「関係ねぇよ。遅かれ早かれ、俺には辿り着いてた。不吹と一緒にいる姿を冬島?って人にも見られてるし」
「また厄介な…なんで関わったんだよ」

不吹が体調を崩して迎えに行った、とおっさんは答えて吸ってもいいかと煙草を咥えた。
バレても知らねぇぞ、とは言ったが、彼は気にせず火をつけた。

「もうちょい下調べをして対策するつもりだったのに。来たのも厄介そうな男だったし」
「…東のおっさんは確かに厄介だわ」
「だろうな」

どうすんだ、と尋ねればどうすっかなぁと呑気な返事が返ってきた。

「… 榎本は?どうするつもりなんだよ」
「まだ言ってねぇよ。言ったとこでアイツを悩ませるだけだしな」
「確かにそうかもしんねぇけど」

榎本以外興味ない、と宣言するような男だ。
ボーダーに入ったとしても、このおっさんがボーダーの為に何かするとは思えない。
だが、これから先このおっさんがボーダーに関わらずに生きていくことは確実に無理だ。

「……逃げらんねぇだろ」
「先手を取られちまったし、恐らくそうなるだろうな」

煙草の灰を落とす顔はやはり苛立ちが浮かぶ。
それでも感情が刺さってこないのは、彼の気遣いなのかもう自然と感情を外に出すことはないからなのか。
どちらにせよ、俺にしては一緒にいて気楽なのは違いない。

「…まぁ、少し考えるわ。あの東ってやつまた来るって言ってたから」
「また…」
「不吹には言うなよ、今はまだ」





「お。珍しい」
「なんだ?」

上にある観覧席から見下ろしたラウンジに見えた姿。
榎本ですよ、と二宮さんに言えば榎本と小さく呟いた。

「あ、会ったことあります?」
「この間のガロプラとの時にな」
「俺はこの間太刀川さんも交えて戦闘を…」

戦っていたのか、と二宮さんに聞かれたた辻はこくりと頷いた。

「凄く強かったです」
「結果は?」
「1:1では俺の負け越しです。太刀川さんといつも戦ってるみたいで、手強かったですね」

確かに入隊した時から強かったけど、やっぱりレベル上がってんのかな。
最近戦闘してないし、知らなかったけど。

「呼びますか?」
「好きにしろ」
「ちょっと行ってきますね、そしたら」

下に降りて、ラウンジの一番後ろに立っていた彼の肩を叩けば、お疲れ様ですと頭を下げた。

「お疲れ。珍しいな、ここにいんの」
「任務終わりです。模擬戦でもしようと思ってたんですけど人がいなくて帰ろうと思ってたところです」
「え、見てかねぇの?上で見るか?一緒に」

二宮さんと辻がいるけど、と言えば彼は上を見上げてからやめておきますと答えた。
まぁ興味なさそうだとは思ったけど、やっぱりか。
榎本がランク戦を見に来ている姿は一度も見たことないし。
画面に今回の参加メンバーが表示され、彼は視線をそちらに向けた。

「ガロプラでも一緒に戦ったりしたろ?今後もそういうことあるかもしれねぇし、見といて損はねぇと思うけど。まぁ、無理強いはしないけど」
「あぁ…そうみたいですね、」
「え?」

予想外の返事が返ってきて驚いている俺を他所に、画面を見ていた榎本は「やっぱりご一緒して良いですか?」とこちらを見て首を傾げた。

「おう、え…いいけど。いいのか?」
「出水さんの言うことも一理あるみたいなので」

上に榎本を連れていけば「本当に来たんだな」と二宮さんが言った。
ぺこりと頭を下げた榎本に辻が歩み寄り「この間はありがとう」と微笑む。

「いえ、こちらこそ。また機会があればお手合わせお願いします」
「こちらこそ」

そのやり取りをじっと見ていた二宮さんは「この間はいい働きだった」と声をかけた。
それにきょとん、とした榎本だったがすぐに表情を隠し正確な指示のお陰ですと答える。

「俺のトリガー的に混戦は向かないので。一人で任せていただけて助かりました」
「大鎌だったか、トリガーは」
「基本形はそうですね」

そうか、と言って会話が終わったが特に榎本も気にしていないのか一番端の椅子に座って画面を見つめた。

話が盛り上がるとは思っていなかったけど。
ここまで話題が広がらないとも思ってなかったなぁ。
太刀川さんといるときは結構喋ってる印象あるけど、戦闘以外はやっぱり興味ないのかな。

「榎本はその黒トリガー、誰から貰ったんだ」

静かな空間を壊した二宮さんの言葉。
画面を見ていた榎本は無表情のまま二宮さんの方を見た。
聞きにくいところつっこんでいくなぁ、とは思ったが榎本は気にした様子もなく「母親です」と答えた。

「母親か。…ボーダー隊員だったんだな」
「そうみたいですね」
「強かったのか」

知らないですと答えて、榎本は笑みを浮かべた。

「名前も知らないんで。興味があるならご自身で調べてみてください」
「は、」
「好奇心にお答えできなくてすみません」

言葉を失ったのは俺だけじゃないだろう。
ちら、と二宮さんの方を見れば珍しく顔を強張らせていた。

「自分の家族のことじゃ…」
「母親だからって、家族とは限らないですよ」

榎本は笑顔を張り付けたまま言った。

「俺を産み捨てただけの他人です」





チーム戦にはチーム戦の強みがある、と改めて思った。
自分がそこに入りたいとは思わないし、入れるとも思わないけど。
チーム戦だからこそ生まれるものもある。
監視対象である空閑もヒュースも、1対1の時より厄介そうだったし。

「最後の最後で影浦隊と玉狛が横並びか〜これ二宮さんのとこの役割デカいんじゃないすか?玉狛が遠征選抜行けるかどうか」

遠征選抜。
また遠征か。
最近よく耳にすることが増えた言葉だ。
三雲もそれを目指してるのか?なんで?
人が殺せるタイプの人間には見えないけど、彼の正義がそうさせるのかな。
もしそうなら、そうあるべきだ。
彼の正義は曲がらない。
これまでも、きっとこれからも。

「組み合わせ的に次玉狛と当たる確率高いでしょ」
「どうだろうな」
「一応過去トータルの組み合わせが少ないとこほど当たる可能性が増える傾向にあるらしいけど。他の部隊との兼ね合いもあるからね」

どこが来ようといつも通り撃ち墜とすだけだ、と二宮さんは答えた。

「え〜なんか感想ないんすか?前はもっとボロクソに言ってたじゃないすか」
「……お前はどうなんだ?玉狛の評価は前と変わったのか?」
「そうすね…」

出水さんは笑みを浮かべて画面の方を見る。

「今の玉狛第二となら結構面白くなりそうかな」
「…だろうな。つまりはそういうことだ」

よくわからないけど、二宮さんの隊と三雲のとこはライバル関係にあるのか?

「榎本的にはどうよ、玉狛」
「どうとは…」
「初めて見た印象」

印象、と呟きながら視線を先ほどまで戦況を映していた画面に向ける。

「厄介だなぁ、とは思います」
「おっ意外と高評価?」
「チームにはチームの強みがあるので。けど、多分……負けはしないですね」

1対1の時よりは厄介そうというのは嘘ではない。
だが、チームだからこその弱みというのは存在する。

「何故?」
「三雲だからです」
「それ、どういう意味?」

三雲の強さを知っている。
あの曲がらない正義を知っている。
だからこそ、三雲の隊にだけ言及すれば浮き彫りになる。

「チームメイトを人質にすれば、多分。三雲は手を出せない」
「っおいおいおい、お前どういう思考回路してんの…?」
「何か間違ってますか?遠征って要は戦争しに行くんですよね?」

三雲は仲間の為に、自分を犠牲にできる人だ。
だからこそ、仲間のせいで戦えなくなる人だ。

「三雲は絶対に、仲間の命を捨てられない」
「他の奴らは捨てられると?」
「どうでしょう?そういう人もいれば、そうじゃない人もいると思います。詳しく知らないので判断しきれないですが」

捨てられる人なんかいんのかよ、と出水さんが呟く。

「自分の隊の人1人、差し出せば戦争は終わるって言われたらどうします?その一人の犠牲と、これから先の数多の犠牲どっちをとりますか?」

立ち上がって彼らの方を振り返り「残酷ですか?」と首を傾げた。

「お前なら、どうするすんだ」
「俺ですか?俺なら、ただ一人を除けば全て犠牲にできますよ。逆に言えば、その一人が人質になってしまったら戦えないし、自害せよと言われたら自害できる。三雲にとってはそれが隊員かなって思ったんですよね」
「………一理あるな」

納得すんの!?と驚く出水さんとは逆に二宮さんは静かだ。

「お前がそうだとは、意外だったけどな」
「そうかもしれないですね。それじゃ、自分はこれで」

会釈をしてから観覧席を出る。
誰かの為に、は強さでもあり圧倒的な弱さでもある。
その弱さを俺はどう、抱えていくか。背負っていくか。
その答えはまだ、見つけられてはいない。



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