隠したい何か




ガラッと保健室のドアを開ければ1度会ったことのある養護教諭が珍しく椅子に腰かけて本を読んでいた。

「お?この間の先輩君か」

俺に気付いた彼はそう言って、どうした?と首を傾げた。

「アイツ、いますか?」
「アイツ?」

聞き返されて名前を言おうとして気づく。
俺はアイツの名前さえも知らない。
何と説明しようかと、視線を逸らす。
名前がわからないことに気づいたのか彼は苦笑を浮かべた。

「榎本のことか?この間、先輩君に蹴りを叩き込もうとした奴」
「…そいつです。いますか?」
「いねぇよ」

時計に視線を向けて、まだ9時前だからなと呟いた。

「登校時間、過ぎてますけど」
「アイツが登校時間に来たことなんて1度もねぇよ」

立ってんのもあれだし、入れば?と言われ言葉に甘えて保健室に入る。
怪我人が座るであろう長椅子に腰かけて、俺はさっきのどういう意味ですかと尋ねた。

「どうってそのままだよ。始業前に来たことないんだよ、あいつ。まず、クラスに所属もしてないしな」
「…寝坊ですか?来ないのは」
「流石にそこまでずぼらじゃない。孤児院に行ってる」

孤児院…
川の近くにある大きなところですか?と尋ねれば彼は頷いた。
この間の無断使用のときアイツが駆けつけたところだ。

「いつもそこに?」
「大抵はな。朝、あそこの子供たちを小学校やら幼稚園やらに送ってから来るんだよ。時間的に他にもどっか行ってると思うけどな。放課後とかも、行ってるんじゃねぇかな、孤児院に」
「…そこの出身なんですか?」

俺の質問に彼はすっと目を細くした。
彼に似通った雰囲気が肌を刺す。

「さぁ?…わからないね」

わからないって、生徒からは家族調査みたいなものを毎年提出しているはずだ。
わからないはずがない。

「…家族調査を見れば、って思ってる?」
「…はい」
「それを見てわかったとしても、お前に教える義理はない」

確かに、そうだけど。
彼はどこか榎本を庇うような口調だと思った。
雰囲気といい、言葉といい…
隠したい何かがあるのか?

「…じゃあ、榎本関係で忍田という名前に聞き覚えは?」
「あぁ…先輩君はボーダー隊員だったりするか?ボーダーの本部長の忍田なら榎本の緊急連絡先に登録されてるよ」
「血縁では…?」

ないよ、と彼は答えた。

じゃあ忍田本部長が何故…?
もしかして、それが忍田本部長が榎本を庇っていた理由と同じなのかもしれない。

「…アイツと仲良いのか?先輩君」
「別にそういうわけでは…」
「そうか。まぁ、仲良くしてやってくれよ」

先生はそう言って椅子から立ち上がった。

「アイツ、友達いねぇし。作ろうともしねぇし。…何より、人と関わろうとしねぇ」

流石に俺でも心配になるよ、と彼は苦笑を溢す。

「挙げ句、家じゃまともに寝ちゃいねぇし」
「…そう、ですか」

榎本のことを話す彼の横顔はどこか、優しげで。
親が子に見せるそれに、よく似ていると思った。





いつも通り遅れて保健室にたどり着けば立ち上がっている先生がこちらを見て手をあげた。

「はよ。榎本」
「…おはようございます」

俺はそう返してベッドに歩み寄る。

「また寝てねぇのか」
「別に」
「…まぁ、寝ろ寝ろ。と言いたいとこだかお客さんだそ」

客?と首を傾げて、彼の指差す方に視線を向ける。
そこには見覚えのある彼の姿があった。

「…三輪さん…… 」

昨日のような殺意に満ちた目はしてはいなかった。
幾分か冷静になったようだが、目に見えないだけで沸々と煮えたぎっているのかもしれない。

「じゃ、あとよろしくな。榎本」
「またサボるんですか?」
「お前もだろ」

手をヒラヒラと振りながら出ていく先生に溜め息をついて、三輪さんに視線を戻した。

「それで、俺に何の用ですか?」
「聞きたいことがある」

彼の言葉に俺は首を傾げて、先生がいつも座る椅子に逆向きに座った。
背凭れに体を預け、三輪さんの言葉を待つ。

「何故、ネイバーの味方をした?」
「ネイバーの味方?誰が?」

お前がだ、と言われて俺は首を傾げる。
ネイバーの味方なんてしただろうか。

「…お前、惚けてるのか?」

彼の目の奥に僅かに憎悪が揺れた。

「すいません、本当に何のことだか…?」
「昨日!!俺達が戦っていた白髪の男。あれがネイバーだってことはお前も知っていたんだろ!?」
「いえ、知りませんでしたけど」

は?と驚いたようで固まった彼。
驚きたいのはこっちだ。

「お前、本当に知らなかったのか?」
「はい。三雲…えっと、眼鏡かけてた奴が中学の頃の後輩で。彼と彼の友人が理由あって狙われてるから助けるのを手伝ってくれと迅さんに言われただけです」

ネイバーだから狙われてたってことか…
そりゃ狙われても仕方ないだろう。
てか、まず…ネイバーに人型がいたのか…

「迅に何を言われた」
「今言ったことと、スナイパーを見つけて攻撃を止めてくれ、と」
「お前はそれに従った?」

そうです、と頷いて面倒なことになったと視線を逸らす。

「ボーダーとしてじゃなく友人として、手伝って欲しいって言われたので手伝いました」
「…なんだそれは」

呆れたのか彼は額に手を当てて大きく溜め息をついた。

「…迅とはいつから知り合いだ?」
「この間、会議室を出るときにすれ違ったときに初めて会いました」

三輪さんは俺の言葉を聞いて、無言で立ち上がった。

「三輪さん?」
「…悪かった。俺の勘違いの様だ」
「え、いえ…別に…」

保健室から出ていく彼を見ながら首を傾げる。

後ろ手でドアを閉めようとした彼はそういえば、とこちらを向かずに言った。

「なんですか?」
「お前の名前は?今更だが、聞いてない」
「…榎本不吹、です」

三輪秀次だ、と彼は言ってドアを閉めた。

結局何だったんだ…?

誰もいなくなった保健室でため息ついて、立ち上がる。

「…寝るか」

いつもと同じところのカーテンを閉めて、ベッドに沈む。

「あ、そういえば返してない」

ポケットの中のトリガーを目の前で揺らす。
自分の手にいつまで経っても馴染まないそれを鞄に押し込んで目を閉じた。
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