限りなく0に近い0にならない可能性




三輪さんと保健室で話した次の日だった。
滅多に鳴らない携帯が鳴った。

電話に出れば話があると彼は言って。
本部に来てくれ、という彼の要求を拒否して話を聞くから外にしてくれと頼めば本部近くの喫茶店でと彼は言って電話を切った。

「不吹」

プライベートの時だけ名前を呼ぶのは彼の癖なのか、仕事のための配慮か。
まぁ、どっちでも構わないけど。

「思いの外早かったですね、忍田さん」
「待たせて悪いな」

珈琲を頼んで彼は向かい側に座る。

「それで、話って?」

俺は紅茶で喉を潤しながら首を傾げる。

「空閑遊真という少年は知っているか?」
「空閑遊真…?…遊真…あぁ、あの三雲の友人のネイバー」
「…ネイバーだと、誰から聞いた?」

三輪さんです、と答えれば彼はそうか、と頷いた。

「それで、その少年が何か?」
「彼は私の恩師の息子なんだが黒トリガーを所持していてな。…城戸さん。本部司令が彼の黒トリガーだけを強奪しようとしている」
「…へぇ」

忍田さんは運ばれてきた珈琲を一口飲んで、テーブルに置いた。

「近々遠征組が帰還する。そしたら、多分黒トリガーを強奪しに行くだろう」
「それで?」
「多分迅が彼のことを守ってくれると思うんだが、もしものときはお前にも加勢を頼みたい。A級の嵐山隊にも加勢するように指示するつもりだが」

迅さんが守る?
よくわからない展開だな。

「もっと詳しく説明をお願いしても?」
「あぁ、すまない」

忍田さんの説明を聞く限りわかったことは本部司令が迅さんにあの少年の始末し黒トリガーの強奪を命令。
迅さんは直属の上司からの命令じゃないからと断って彼の支部長はどんな形でもいいから捕まえろと指示した。

で、そこで落ち着くと思われたがボーダー内の派閥のバランスがどうとかで…黒トリガーを彼の支部には渡せすわけにはいかなくて…
近々期間予定の遠征隊と三輪隊に強奪を指示する手筈になった、と。

「その強奪を阻止しろと?」
「あぁ。強奪など、認めるわけにはいかない」

相変わらず正義を形容したような人だな、この人は…
けど。

「本当にそれだけですか?」

彼の指先がピクリと揺れた。

「貴方らしくて納得のいく話でしたよ。けど、本当にそれだけですか?強奪を阻止するならS級の迅さんとA級の嵐山隊だけで事足りそうですけど。遠征隊とはいえ…」

少々警戒しすぎでは?

俺の問いかけに彼は口を閉ざしたまま。

「加えて言えば迅さんの支部にもA級隊員はいるんじゃないですか?」
「お前は、鋭くて嫌だな」
「…どうも」

やれやれ、と首を振って、彼は真剣な表情に変わる。

「…不吹。お前にはネイバーの少年の監視も頼みたい」
「監視?なぜ?…信頼できると思ったから守ろうとしているんじゃないんですか?」
「100%は、あり得ない。我々は市民の命を預けられている。限りなく0に近い可能性だとしてもその可能性を私が0にすることはできない」

この人の生き方はいつもどこか息苦しそうに感じる。
恩師の息子なんて疑いたくないだろうに。
…まぁそれが、上に立つ人間の運命か。

「…もし、暴走したら…君が止めて欲しい。この街の市民の為だ。生死は問わない」
「話はわかりました。監視するのに俺の眼は丁度だし、相手は黒トリガーだし…こんなことを頼める隊員は他にいないでしょうね」

あぁ、と彼は頷いた。

「けど、俺には戦う意思も術もない。それを俺が引き受けると思いましたか?」
「目的があれば意思は生まれる。…目的は俺が今与えた」
「貴方が俺に与えたその目的のために戦うってことですか?強引ですね」

笑いながら彼にそう言えば、彼は眉を寄せた。
珈琲カップを持つ彼の指先は白くなっていた。
真剣に、そして、必死に彼は俺にこのことを頼んでいるのだろう。
力を入れ過ぎて白くなった指先がその証拠だ。

「…他に方法がない。戦う術はまだあるだろう?君はC級隊員だ。なろうと思えばすぐにB級にもなれる」

この人の正義のために戦うってことか。
俺には似合わないな。

確かに目的があれば意志は生まれる。
意志が生まれれば覚悟も生まれる。
けど、他人が与えた目的は俺自身の目的になんてならない。
この街の市民のことなんて正直言えばどうでもいいし…
まぁ、けど…人のモノだとはいえ折角与えられた目的だ。

「…わかりました」
「本当か!?」
「但し、ボーダーは抜けます」

彼は目を僅かに見開いて俺を見た。

「確か、近々正式入隊式の日でしたよね?」
「あ、あぁ…」
「流石に規則を破ってお情けで残してもらってB級になるのは俺的にも嫌ですし。周囲からもよくは思われないでしょう?」

確かにそうだが、と忍田さんはどこか歯切れ悪く頷いた。

「貴方のその特別な任務を受けるってことは今まで以上に接触が増えるってことですよね。ただでさえ、俺を残留させるためにらしくないことをしたんですから流石に怪しまれますよ」

残り少なかった紅茶を飲み干して視線を窓の外に向ける。

「…俺が詳しく調べられたら、立場が危うくなるのは忍田さんですよ。俺という存在が…そのボーダー内の派閥のバランスを壊してしまうこと、わかってますよね?」
「…わかっている」
「だったら怪しまれる要素は限りなく少ない方がいい」

わかった、と彼は頷いた。
渋々といった感じだが、納得はしてくれたようだ。

「除名と再入隊処分にしたと上に報告しておく」
「お願いします。あと、一応トリガーもお返しします」

テーブルにそれを置けば、いいのか?とどこか心配そうに俺を見た。

「大丈夫です」

洋服の上から首裏を撫でれば彼は納得したように頷きそのトリガーを受け取った。

「まぁ、使いたくないってのが本音ですけどね」
「…嫌いか?」
「好きにはなれませんよ、一生」

再入隊の手続きをお願いします。と伝えて俺は席を立つ。

「監視中外で戦闘にならないとは限らない。あまり、長くは待てないぞ?わかってるか?」
「一週間。一週間で、B級に上がります」

伝票を手に取ろうとすれば俺が払うからいい、と彼も立ち上がる。

「出来るなら最初から真面目にやってくれ」
「やりたくなんてなかったし、貴方が無理矢理入れたんでしょう?今回は真面目にやりますよ。貴方が目的をくれたので」

今日から一応、監視しておきましょうか?と訪ねれば彼は頼む、と頷いた。

「今は玉狛支部にいるはずだ」
「了解です」

何かあったら携帯に連絡します、と言って俺は店を出た。
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