葉っぱを伝った赤い雫




玉狛支部の近くの建物の屋上。
フェンスに腰掛けて、俺は目を伏せて耳を塞いでいた。

玉狛支部の中にいるネイバーの空閑遊真は何やら戦闘訓練中らしい。
三雲と小さな女の子も同じように訓練を受けている。

彼の監視を始めて数日。
忍田さんから遠征組の帰還報告を受けた。
黒トリガー強奪は今日決行されるようだ。

「もしもし、榎本です。迅さんと数人の隊員が接触しました」
『嵐山隊は?』
「今、合流を確認しました」

相手の人数は?と聞かれて俺は辺りを視渡す。

「8人です。それから、三輪隊のスナイパー2人が接近中。空閑遊真の監視から戦闘に切り替えたみたいです」
『了解した。もしもの時は加勢してくれ』
「了解」

携帯を耳にあてたまま戦いの始まった地上を普段空閑遊真を監視している所から少し離れたところにある鉄塔から見下ろす。

人数的にはこちらが不利みたいだけど。

「嵐山隊と迅さんが離れました。えっと…嵐山隊の女の人が三輪隊の人と戦闘中。迅さんは4人と戦闘中。三輪隊のスナイパー2人もそこに加勢してます。嵐山隊のスナイパーは移動中で、残り2人は三輪さんともう一人と戦闘を開始しました」
『状況は?』
「劣勢ではないですが、優勢とは言いません」

戦況を眺めていればものの数分で1人、緊急脱出した。

「迅さんの相手から1人緊急脱出です。加えて、迅さんが黒トリガーを起動しました」

迅さんは攻撃を受けながら移動していく。
何処かの車庫の中に追い詰められた。
迅さんの表情に焦りがないところを見ると、何か策があるのだろう。
弧月を使っていた人が攻撃を受けて、続けて2人が攻撃を仕掛けた。
その内の1人が緊急脱出したが、弧月の人が攻撃態勢に入った。

そこからはどういう原理かわからないが弧月の人ともう一人が攻撃を受けて、腕を足を落とした。

「迅さんの相手の1人が緊急脱出。残り2人はダメージ大。時機に決着がつくと思います」
『他は?』
「まだ戦闘中ですね」

嵐山さんは三輪さんの攻撃を受けて、左足に鉄柱みたいなものが生えてる。
それは以前駅での戦闘の際、三輪さんが生やしていたものと同じだった。

あれって三輪さんの攻撃だったのか…
もしそうならどうして三輪さんとその仲間まで一緒にその攻撃を受けたのだろうか…?

「嵐山隊の1人と三輪隊の1人が緊急共に緊急脱出しました。嵐山さんと嵐山隊の女の人は共に片足を使えない状態ですね。敵は三輪さんとシューターです」

決着はそれからものの数分でついた。
こちら側の勝利、という形でだ。
戦っている場所が別れすぎていて全てを見ていられたわけではないけど。

「黒トリガーは守れたみたいです」
『そうか、ありがとう助かったよ。気付かれないように帰還してくれ。俺はこれから会議だ』
「頑張ってください」

そう言って電話を切ろうとしたときだった。
三輪さんと共にいたシューターの視線がこちらに向いた。

「すいません、忍田さん。見つかりました」
『誰に?』
「嵐山さんと戦闘していたシューターです」

戦闘にならないように逃げますが、もしもの時はお願いします。と伝えて電話を切った。

「そこのお前、降りてこい」

彼の言葉に隣にいた三輪さんもこちらに視線を向ける。
念のため帽子を被ってきて正解だった。

鉄柱から建物に飛び移れば彼らが下から追いかけて来るのが見える。

「佐鳥、アイツ狙え!!」

佐鳥と呼ばれたスナイパーはライフルを手に移動を始める。
三輪さんも片腕でこちらを追いかけてきた。
途中、誰かと話しているようだったから三輪隊のスナイパーが来るかもしれない。

シューターがハウンドを使ったようだったが、現在生身も俺には反応はなし。
視線誘導のハウンドでなかったのが救いだった。
ならばとばかりに飛んでくるバイパーに眉を寄せる。

「生身相手に、それはないだろ」

小さくそんなことを吐き捨て、近くの建物に飛び込めば一応彼の攻撃を防げたようだった。
外から聞こえる爆発音に安堵の息を吐き出す。
あんなもの生身で喰らったら、確実に気絶する。

攻撃を避けれたことを安心していたのも束の間。
下から近付いてくる足音が2つ。
シューターさんと三輪さんのものだ。
目を伏せて耳を塞いで周囲を視渡せばこの建物の後方にスナイパー2人、前方に1人確認できる。

「流石にこれは…鬼畜だな…」

バンッとドアが開き、2人が入ってくる。

「貴様、ネイバーか!!?」

三輪さんの言葉に聞きながら今自分が飛び込んできた窓の方に後ずさる。
向けられた銃口に嫌なことを思いだした。

「確実に違うっていう証拠を見せてくれねぇと攻撃しちゃうぜ?」

シューターの手にメテオラが構えられる。

…ここは6階。
下には樹木があるが、そこまで大きなものではない。


攻撃の態勢に入った2人に仕方ないか、と後ろの窓枠に足をかけて飛び降りた。
驚いた2人の顔がスローモーションで見えた。
さっき飛び込んだ時に割れたガラスが腕に傷を付けて、眉を寄せる。

小さな痛みを堪えながら、落下する俺に向かってくる2人のスナイパーは引き金を引いた。

こちらに向かってくる2つの弾を建物の窓枠に手をかけて体の向きを代え、落下スピードを緩めることで何とか回避する。
しかし、俺が飛び降りた窓枠に体を乗り出してこちらに銃を向ける三輪さんは躊躇うこともなく引き金を引いた。

これは避けられない。
嫌でもわかってしまった。
安全装置が付いているとは聞いてはいるが、気絶するくらいの衝撃がくることは避けられまい。
素直にそれを受け入れれば俺の体は衝撃を受け、気絶した状態でこの体は凄まじいスピードで下にある木に叩きつけられる。
そうなれば捕まることは確かだし、まずもって生きていられるかも怪しいところ。
せめて、直撃は免れなければいけない。

数秒もかからず、頭の中をそんなことが駆け巡った。
思考と同時に体を捩れば脇腹を掠めた銃弾。
体に触れた瞬間予想よりも強い衝撃に一瞬意識が飛んだ。
だが、それとほぼ同じタイミングで体に衝撃が走った。
受け身もまともにとれずに落下したせいで、木々の枝が体に刺さり切り傷を作る。
だが、その痛みが麻痺するくらい脇腹に感じた痛み。
どうやら太い枝が刺さったらしい。

「痛ってー…」

脇腹の傷が脈打って、流れる血。
久々に感じた痛みだった。
ぬるり、と手の平に滲む赤い液体に眉を寄せ小さく息を吐き出す。

「逃げないと…」

彼らが降りてくる前に。
痛む体に鞭打って、俺はそこから足早に逃げ出した。





「逃げられたかー」

折れた木々。
先程の奴の姿はなかった。

「これ…」
「どうした?」

緑色の葉の上に飛び散った赤い液体に触れる。
俺の指先に付いた赤色に出水は目を丸くした。

「…生身だったってことか?」
「多分」

あれは、人間だったのかもしれない。
それも生身の人間だ。

「生きてっかな…?」
「どうだろうな…出血が多い」

ポタリ、と葉っぱを伝った赤い雫は地面に小さな水たまりを作っていた。

血なんて、久々に見た。
トリオン体で戦うことに慣れ、痛みのない戦いをしているせいだ。

「一応、帰ったらトリオンの反応を調べてみる」
「これで出てこなかったら…」
「生身の人間に攻撃してたことになるな。人型のネイバーって可能性もないわけじゃないけど」

アイツらに血は流れているのか?
もし、ネイバーだったとして…何故逃げるばかりで戦闘に及ばなかったのか。
答えの見つからない疑問が浮かび、俺は首を横に振った。

「帰還するか」
「そうだな」
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