夢に沈むのが、怖いと思った
ここのところ、胸の中に燻っていたのは罪悪感だった。
数日前 烏丸くんと関係を持った。
正確には、未遂で終わったことだが。
俺のように誰とでも性行為に及ぶ人もいれば、相手を選ぶ人もいるし、両思いでなければ嫌だという人もいるし。
結局価値観というのは人それぞれのもだ。
烏丸くんと俺とは そこ価値観が合わなかった。
彼は俺に抱かれる事を望んだ。
けれど、彼は俺を受け入れられなかった。
震えた体と彼の涙はきっと、忘れられないだろう。
「まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないか」
俺の事を本気で、好きだから。
彼は俺の気持ちが伴わないとわかった行為を 受け入れられなかった。
それが本来の 健全な高校生といえば そんな気がする。
抱かれたい気持ちに嘘はなかっただろうけど、心は追いつけなかったんだろうな。
これをきっかけに、彼に嫌われなければいいけれど。
まぁ嫌われたら 嫌われたで 仕方ないと諦めはつくんだろうけど。
今までだって、そうやって過ごしてきたのだから。
昼間の仕事を終えて、本日の宿である行きつけのバーに向かえば、シャッターの前に制服に身を包んだ少年が蹲っていた。
「大丈夫、少年」
しゃがんで蹲る少年の顔を覗き込めば どこか見覚えのある横顔が真っ青になっていた。
「どうした?気持ち悪い?」
俺の問い掛けに彼はふるふると首を横に振る。
「立てそう?家まで送ろうか?学校の保健室とかの方がいいかな」
大丈夫です、と呟きながら顔を上げた彼が目を見開く。
あぁ、思い出した。
この子米屋くんの友達の出水くんだ。
警戒されてたから、あまり近づかないようにしようって 思ってたのに。
「アンタに、世話やかれる…筋合いはねぇ」
「あー、それはそうかもしれないけど。その状態でどうするの?…救急車とか」
「いらねぇ。休んでりゃ治る…」
何を根拠に。
この場から一歩も動けそうにないのに。
それだけ俺に頼ることへの抵抗があるんだろうけど。
本来あるべき警戒心だし、嫌な気分になるものではないけど。
「とりあえず、家まで送るから」
「知らねぇ奴に…家教えたくねぇ」
「じゃあ、学校かボーダー」
いらない、と彼は首を横に振る。
「ホテルかなんかに放り込んであげようか」
「…金ねぇし。アンタに借りを作りたくない」
こうなったらもう面倒くさい。
「わかった、わかった。じゃあここで休んでけ」
シャッターの鍵を開けて開けば 彼がは?と目を丸くさせてこちらを見上げた。
「出水くんの家でも学校でもボーダーでもなくて。お金がかからないし。横になって休めるし。こっちとしては店の前にいられたら商売の邪魔だから。これなら、文句ないでしょ」
蹲る彼をひょい、と抱えて 真っ暗なバーの奥に入る。
離せ、と暴れはするが力が入ってないところを見ると 相当弱っているらしい。
抱き抱えた感じ熱もありそうだし、よくこれで 意地をはれたものだ。
奥の部屋のソファに彼を下ろして、綺麗に畳まれたブランケットを彼にかける。
「まじ、いらねぇ…帰るから」
「ちゃんと歩けるようになったら、勝手に帰ればいいよ。そこ、裏口だから 帰りたい時にお好きにどうぞ。まぁ、少し寝ていく事をオススメするけどね。自分でも、わかってるでしょ?自分の体調」
冷蔵庫から冷えたペットボトルを一つ出してテーブルに置けば、恨めしそうに彼が俺を睨んだ。
「自分を受け入れない人と親しくするつもりはない。これ以上君に干渉するつもりもないから。店の前にいられたら困るから移動させただけ」
俺は仕事するから、とロッカーの中の制服を手に部屋から出て 外に置きっ放しだったキャリーをお店に運び入れた。
まぁ、少し休んだら勝手に帰るだろう。
なんて 思っていたのだけど。
「まだいんのかよ」
漏れてしまった言葉は本性から出たもの。
こんな言葉遣いしていてはダメだな、と首を振る。
店の営業を終えた午前4時。
ソファには変わらず彼の姿があった。
額に触れれば 随分と熱い。
熱が上がってきたんだろう。
「どうしようかな」
バーのオーナーが買い付けの為に数日店を空けるから、代わりに営業してくれれば 好きに使っていいと言われていた。
元々 名前を捨ててすぐに俺を拾ってくれた場所で、常連客からも認知されているからこんなことが出来るんだけど。
営業を終えた所までは予定通りだったんだけどなぁ。
「家に連絡…してるのかな。携帯勝手に見るわけにもいかないし。まず、風邪引いてるのに ソファに寝かしてたんじゃダメか…」
と、言っても。
ここにはソファしかないから、場所を変える他ないのだけど。
「……家にいてくれればいいんだけど」
気休めにしかならない熱さまシートを額に貼って、彼を抱き抱えて店を出る。
呼んでおいたタクシーに彼と共に乗り、伝えた住所。
チャイムを数回鳴らせば ドタドタと足音が聞こえて ドアが開いた。
「ふぁ〜…なんだよもー、こんな時間に…」
「ごめん、米屋くん」
「うぇ!?律?!」
ぴょんと寝癖のついた髪が揺れる。
俺を見て見開いた瞳は、俺の腕の中の彼を見てまた見開かれる。
「弾バカ!?」
「体調悪そうなとこ拾って 今日働いてたお店で休ませてたんだけど悪化しちゃったみたいで。家の場所も知らないし、俺のこと死ぬほど警戒してて どうにもできなくて」
とりあえず入って、と米屋くんがドアを開いた。
「早退したから もうとっくに家に帰ってんのかと思ってたわ。とりあえず俺のベッドでいい?」
「米屋くん寝れないじゃん」
「もう1セット布団あるから大丈夫」
お言葉に甘えて出水くんをベッドに寝かせて、傍に荷物を置く。
その横で彼はテキパキと 布団の準備をしていた。
「どうしよう、俺看病とかできねぇんだけど」
「俺がやるだけやってくけど 朝から仕事あるから、ここにはいられないんだよね。朝になったら誰か大人に連絡してもらっていい?彼の保護者とか」
「了解」
起こしちゃってごめんね、と呟けば いやいや全然!と彼は笑ってくれた。
「逆にまた会えてラッキーなくらい」
「今度ちゃんとお礼させてね」
ぴょんと跳ねた髪を撫でれば 彼は目を細めて猫のようにすり寄ってきた。
「部屋のもの借りていい?」
「全然いいよ。好きに使って」
「ごめんね」
▽
気付いたら知らない天井が見えた。
体を起こして部屋を見て、どこか見覚えがあるなと首を傾げる。
「俺…なにしてたんだっけ…」
額に触れれば 指先に触れた柔らかい感触。
「熱さまシート…」
「お、起きてる。大丈夫かー」
部屋のドアが開いて入ってきたのは タオルで髪を乾かしてる槍バカだった。
「なんで槍バカいんの」
「ここ俺ん家」
「あぁ…たしかに、」
何度か来たことあったな。
だが、何故ここにいるのだろうか。
「律が連れてきたんだよ」
「律…」
「体調悪そうなとこ拾って休ませてたけど悪化してて?的な。家も知らないし、律は朝から仕事があるからって、5時くらいにうちに連れてきた」
今何時、と時計を見れば9時を過ぎていた。
「とりあえず太刀川さんに連絡したから、あと少しで迎えに来るんじゃね?俺、この後防衛任務だから」
「…悪い」
「それは、律に言えよ。あ、腹減ってる?律がお粥作っていってくれたから。温めるけど」
多分食える、と言えば 彼は台所に消えていった。
ベッドの傍らに置かれた荷物の上に置かれた 封の開いていない薬。
「槍バカ、この薬は?」
「それも律。お前ここに運んでから 買いに行ってた」
「ふぅん…」
悪い奴では、ないのかもしれない。
けど 何と無く 彼はダメだ。
何者かもわからない彼の存在が。
「ほい、」
「あ、サンキュ」
「あと、ポカリな」
俺も朝飯食おーと、彼はサンドイッチの乗った皿をテーブルに乗せる。
「それ、」
「これも律。朝起きたら作ってあったんだよ」
律の飯、美味いんだよと彼は笑う。
どうして あんなに得体の知れない人間に心を開くんだろうか。
どこの誰かもわからない。
何を目的にしているのか、何の為にあんな生活をしているのか。
「お前さ、何で 信用したの。その人」
「さぁ?感覚?この人なら平気だって。唐沢さんが信用してる時点で そんな不安に思う相手じゃなくね?」
「…そうかもしんねぇけど」
それに、と彼は大きな一口で サンドイッチを口に押し込む。
「裏切られたって、何も損しねぇから。あの人、家に泊めて って言うだけで 何か盗む訳でもないし、金銭を要求してくる訳でもない。ただ、泊めるだけで 飯にもありつけて 勉強も教えてもらえて 部屋も掃除してくれて。こっちにマイナスになることなんもねぇもん」
「…得体の知れない奴、家に泊めてんだぞ…」
「殺されるわけでもないしな。殺されそうになったとしたら、トリガーでどうとでもなるし」
逆に何そんなに怖がってんの?も彼は笑った。
「まぁ、無理して仲良くなる必要ないと思うけど。お礼は言えよ。いつ会えるかわかんないけどな」
なんで怖いのか。
あぁ、そうか。
俺は怖いんだ あの人のことが。
優しそうに笑う笑顔に浮かぶあの瞳の奥が、見えなくて怖い。
まるでそれは、幽霊を怖がるみたいな そんな感じだった。
なのに、得体の知れない彼の優しさに身を委ねてしまいたくなる自分もいた。
自分が自分の思う通りに動かなくなるような、そんな感覚だった。
prev next
back