03
御幸一也という男に出会って一週間が過ぎた頃。
私はあのバーに行くことはなかった。
いや、行けるわけがなかった。

制服に腕を通して、ため息をつく。

「バレたら退学ものだよね」

雨宿りでバーに入ったのはいいとして、お酒を飲んでしまったのはヤバい。
しかも、未成年者にお酒を出してしまったあのバーも、私にお酒を勧めた御幸さんも。

もうあのバーに行くことはないし、また会うことはないだろうけど。

「いってきます」

久々に着た制服が風に揺れる。
徐々に知っている顔が増え、挨拶をしながら学校に向かう。
同じクラスだ、違うクラスだと騒ぎながら教室に入れば仲のよい友人がヒラヒラと私に手を振った。

「2年目ーよろしく」
「よろしく」

自由席と書かれた黒板を見て、彼女の後ろ。
窓際の後ろから2番目の席に座る。

「そういえば、聞いた?」
「何を?」
「去年私達の数学教えてた先生、やめたんだって」

数学の先生…
あぁ、あのおじさんか…

「まぁ興味ないかな。学校の授業なんてたかが知れてるし」
「まぁねぇ…2年だしそこまで必死になる必要もないしね」

彼女の言葉に頷いて、窓の外を見る。

「眠い…」
「移動のとき、起こそうか?」
「お願いしまーす」






友人に起こされて始業式のために講堂へ行く。

「眠気、なくなった?」
「まぁまぁかな…」
「寝ないでよ」

始業式が始まって、ウトウトしながら話を聞き流していれば新任の先生の紹介が始まる。


『数学担当、御幸一也』

講堂に響いた名前に顔を上げて、目を見開く。

「御幸一也です。よろしくお願いします」

頭を下げて笑った彼に女子が黄色い声を上げる。
けど、そんな声を気にすることも出来ず私はステージの上で笑顔を張り付けているその姿に呆然としていた。

「なまえ?どうかした?」
「あ、いや…なんでも、ない」
「御幸先生、カッコいいね」

カッコいいかどうかなんて、今はどうでもいい。
もし会ってしまえば私が未成年だということもバレる。
退学は免れないだろう。
それに、私にお酒を勧めて、生徒の家に泊まった彼もそれ相応の処罰を受けることになる。

「絶対に…会うわけにはいかない…」

笑えない冗談だ。

重くなった足で教室に戻って大きくため息をつく。

「なまえ、ぐったりじゃん」
「予想外の展開で…頭が追い付かない」
「なにそれ」

クスクスと笑う友人に、私はまたため息をつく。

「HR、寝たら?少しはスッキリするんじゃない?」
「あー…うん。そうさせてもらう。」
「おやすみ」

あの日の雨を恨む。
いや、お酒を断らなかった私を恨む。
…御幸さんが悪い訳じゃないし、年齢を言わなかったから…

自分の腕に顔を埋めて、目を閉じた。
これが全て夢であればいいのにと、悪あがき的なことを願って意識を手放した。






部活仲間には似合わないと言われたが俺は高校の先生になった。

「このクラスの副担任になった御幸です。まだ慣れないことが多くて迷惑をかけるかもしれませんがよろしくお願いします」

笑顔を張り付けてそう言えば女子が黄色い声を上げる。
こういうのも部活で慣れていた。

ニコニコと笑えば、女子は頬染める。

きっと誰も作り笑いだなんて気付きはしない。
生徒の自己紹介を聞いていれば、順調に進んでいた自己紹介が止まり、誰かを飛ばして次の人が自己紹介をした。

「おーい、そこ。寝てるの誰だ?」

担任の先生が窓際の後ろから2番目の席を指差せば前の席の女子が苦笑した。

「みょうじです」
「体長不良か?」
「いえ、予想外の展開で頭が追い付かないらしいです」

聞き覚えのある苗字に少し、ドキリとした。
あの雨の日に、声をかけたなまえちゃんと同じ苗字。
いや、けどここにいるはずない。
まぁ会いたいけど…


「一応起こせ。御幸先生にも覚えてもらわねぇと」

その女子生徒は、眠る彼女の肩を揺らす。
その子はピクリと体を震わせてから顔を上げて。

「な、に…帰っていいの?」
「副担任に覚えて欲しいから起こせって」

副担任?と眠たげな声で呟きてこちらを見た彼女はピタリと動きを止めた。
俺も彼女を見て固まる。

そこにいたのは、俺が会いたいと思っていた彼女で。
けど、彼女は制服を着ていて。

お互いに言葉を失っていれば彼女はガタッと音をさせ、立ち上がる。

「…頭痛いので…保健室いってきます」
「は?おい、自己紹介!!」

教室を出ようとした彼女はピタリと足を止め、こちらを見た。

「みょうじなまえ」

交わった視線にドキッと心臓が跳ねた。
あの日、初めての目を奪われた彼女はあの日と同じように名前を告げて。
長い髪と短いスカートを翻しながら颯爽と教室を出ていった。

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