04
神様は随分と私を嫌いならしい。

「数学係?」

御幸さんが先生だと発覚した次の日。
友人に伝えられた言葉に手に持っていた携帯を落とした。

「御幸先生が私達の数学担当らしくてね、女子が殺到して」
「…なんで、私になったの」
「女子が決まらなくて、でも男子は嫌だって言って…担任がもうみょうじでいいやって」

私でいいってどういうことだ。
あーもう、どうするのさ…

「他の女子、それで納得したの?」
「うん。ほら、なまえって恋愛とかしないイメージじゃん?だから、かな」

そんなイメージは、いらない。
机に突っ伏して盛大にため息をつく。

「最悪…予想外の展開すぎだってば」
「何が?」
「何がって…そんなの決まって…は?」

今の声…
顔を上げれば、ニコニコと笑う友人が後ろを指差す。
振り返りたくない、切実に。

「みょうじさん」
「…なんでしょうか、御幸先生」
「ちょっと雑用頼まれてくれる?」

ロボットのように振り返れば、彼はにこりと微笑んだ。
それを見て、眉を寄せれば彼は首を傾げた。

「…下手になりましたね」

作り笑顔。
そう、小さな声で言えば彼は無言で教室を出ていく。

「行ってくる」
「いってら」

友人に手を振り、彼を追いかける。

人一人分開けて彼を追いかければ、足が止まったのは数学教科室。
普段は全く使われないその教室に入っていく彼。

「鍵閉めてね」

言われた通りに鍵を閉めて、ドアに背をあて彼を見た。
御幸さんもこちらを振り返って微笑んだ。

「久しぶりだね、なまえちゃん」
「…お久しぶりというにはまだ一週間しか経ってませんよ、御幸さん」

彼ははぁ、とため息をこぼして私をじっと見つめる。

「高校生だとは…思わなかったなー」
「私も先生だとは思いませんでしたけど…向いてはいると思います」

私の言葉に彼は目を丸くする。

「先日のことは他言無用でお願いします。私だけ退学するならまだしも…貴方にもあのお店にも迷惑をかけますから」
「ハッハッハッ」
「何かおかしいこと、言いました?」

彼は随分と楽しげに笑って。
私の名前を呼んで、作り笑いじゃない笑顔を見せた。

「やっぱりなまえちゃんは善人だと思うよ」
「…どういう意味ですか?」
「自分が退学になるのは構わないってことでしょ?けど、俺らの心配してる」

善人じゃなきゃなんなの。
彼はまた笑って、部屋にあった椅子に逆向きに座る。
背もたれに腕を乗せ、その上に顎を乗せて私を見上げた。

「別にあの日のことバラすつもりはないよ。俺も危ういしね」
「生徒の家に泊まってますもんね」
「うん。けどさ…あの日のことなかったことにするのはやめてほしいなー」

彼の言葉に首を傾げる。

「俺、あの日なまえちゃんと会ったこと後悔してないし。なかったことにはしたくない」
「人との出会いは必然です。なかったことになんてできないですよ。ただ…あの日の過ちをなかったことにすればそれでいいです」

私の言葉に彼は嬉しそうに笑った。
作り笑いじゃない本当の笑顔。

「よかった。出会わなければよかったなんて言われたくないから」
「そんなこと言いませんよ」
「優しいねーなまえちゃんは」

優しさではないと思うけどな…
御幸さんはどこか上機嫌だ。

「まぁ改めてよろしくね。なまえちゃん」
「みょうじですよ…まぁよろしくお願いします。御幸先生」
「それなんか嫌だな」

不服そうな彼に首を傾げる。

「人がいないときだけでも御幸さんがいいなーって」
「…どっちでも構いませんけど」
「俺はなまえちゃんって呼ぶねー」

呼ばなくていい、と伝えようとしたがひどく嬉しそうに笑うものだから言葉を飲み込んだ。

「御幸さん」
「なにー?」
「…女子がいるときにはあんまり声かけないでくださいね」

にこりと笑って言えば彼はピタリと動きを止めた。

「え、ダメ?」
「私、後ろからは刺されたくないので」
「えーっひどっ」

泣き真似をする彼は、どうしても年上には見えなくて。
おかしくて笑ってしまう。

「なんで笑ってんの!?」
「すいません、つい」
「いいよ、もう。なまえちゃんに用あるときは職権濫用だ」

話したくなったら呼び出すね、と最上級の笑顔つきて言った彼に苦笑した。
子供みたいに我儘な人だな…

まぁけど…この本当の笑顔が見れるなら構わないって思った。
彼の笑顔はなんだか見てるこっちまで楽しくさせるから。

「やっぱりそうやって笑った方がいいと思いますよ」
「え?」
「作り笑いより、何十倍も素敵だと思います」

目を丸くして、瞬きを繰り返す彼にクスクスと笑って。

「さ、てと…私そろそろ戻っても?」
「え、ヤダ」
「は?」

御幸さんはガシッと私の手を握る。

「雑用、頼まれてくれたでしょ?」
「ここに呼ぶための嘘かと」
「なまえちゃんに嘘はつかないよ」

手を離した彼は微笑んで、もうひとつの椅子を指差す。

「ね?」
「…最悪だ」
「そんなこと言わないでよ」

やっぱり出会わなければよかったのか、なんて内心考えてため息をついた。

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