05
御幸さんは日に日にファンを増やしていき、女子に囲まれる姿を目撃することが多くなった。約束通りそういうときに私に声をかけてくることはなかったけど、じっと私を見つめてきた。
その視線に自らの視線を交わらせて、微笑めば満足そうに目を細め女子の対応をしていた。
「みょうじさん」
「どうかした?」
「御幸先生とはどんな感じ?」
クラスメートの問い掛けに首を傾げる。
「何が?」
「え?ほら、係で話す機会たくさんあるでしょ?なんか、ないの?」
「なーんにも。静かに雑用してるだけだし」
つまんなーい、と言って離れていくクラスメート。
「あの子は私に何を期待してるの?」
友人にそう問いかければ、彼女は苦笑した。
「恋愛事を欲してるんじゃない?」
「本当にそうなったら怒るくせにね」
「あー、それね」
御幸さんとは係のときもどうでもいい話をしてるだけだ。
他の子よりは話す機会はあるかも知れないけど、私しか知らない御幸さんの情報は殆どないだろう。
あるとすれば、彼の作り笑いと高校時代の話。
彼は随分と楽しそうに昔の話をする。
野球をしていて、捕手だったとか。
これでもレギュラーで、キャプテンをしていたとか。
彼のなかの何よりも大切な思い出だと、優しい笑顔で言っていた。
あんな表情を御幸さんのファンな見たらどうなることやら…
想像したらゾッとした。
「…めんどくさいね、女の子って」
「なまえも私も女よ」
「それでも、ね」
筆箱を開けて、数日後までの課題をやろうとして手を止めた。
「どうしたの?」
「シャーペン。御幸先生のとこに忘れたみたい」
「他のやつないの?」
筆箱を開けた友人に一応あるよと返して違うシャーペンで課題を始める。
「後で取りに行かないとだね」
「んー…その心配はないかな」
え?と首を傾げた友人に笑う。
段々と近づいてくる黄色い声。
それの原因の足音が私の横で止まる。
「みょうじさん、おはよう」
「おはようございます。御幸先生」
「昨日、忘れていったよ」
そういって渡されたシャーペンを受けとる。
「わざわざありがとうございます」
「いいよ、ついでだから」
「…また、雑用ですか?」
じっと彼を見つめれば御幸さんは楽しそうに目を細めた。
「ハッハッハッ、今回は違うよ。担任の先生から呼び出し」
「呼び出し…」
「内容はよく知らないけど、三者面談?」
御幸さんの言葉を聞いて、ガタッと音をさせ立ち上がる。
「みょうじさん?」
「……場所、どこですか」
「え、あ…あぁ、面談室だって」
驚いている御幸さんから目をそらし、彼の横を通り過ぎた。
「みょうじさん?」
「先生…」
教室から出るとき、私の名前を呼んだ御幸さんに友人は首を横に振った。
話のわかる友人でよかったと思いながら、面談室に向かった。
▽
突然表情が消え、教室から出ていったなまえちゃんの名前を呼べば、よく一緒にいる女の子が首を横に振った。
「ダメですよ、先生」
「ダメって?」
「家族のことはなまえの触れちゃいけないんですよ。毎年面談の時期には苦労してるんです」
その言葉に首を傾げれば彼女は苦笑した。
「なまえの両親は世界中を回っていて…今どこにいるのかも、いつ帰ってくるかもわからないんです。連絡先も知らないっていってました」
「て、ことは一人暮らしなの?」
「はい。小学の頃からずっと一人です」
そういえばなまえちゃんは一人暮らしだった。
ひどくシンプルな部屋を覚えている。
「面談とか保護者会に親が来たことなくて、毎回先生に色々言われてるんですよ。だから、家族の話になるとあんな感じなんです」
初めて聞いたなまえちゃんのプライベートなこと。
いつも俺が話すばかりで聞いたことのなかった彼女自身のこと。
知れたことが嬉しいと思う反面、複雑な心境だった。
「御幸先生」
「どうした?」
「なまえのことよろしくお願いします」
その言葉に胸がドキリとした。
もしかしたら自分の許されない気持ちに気づいているんじゃないかと。
「よろしくって?」
焦りを悟られないように笑顔を張り付けて彼女に問いかける。
「御幸先生、多分今までの先生のなかで一番なまえに信用されてるから」
彼女はそう言って微笑む。
「何年も一緒にいるけど私にも全てを話してくれるわけじゃないから。もしなまえに何かあったら先生も力になってあげてくださいね」
「あ、あぁ…」
「なまえには頼れる大人がいないから」
なまえちゃんがあんなにも大人びているのはそれが原因なのかもしれない。
頼れる大人がいないから、大人になるしかなかった。
「大丈夫だよ、俺がいるから」
だったら尚更、俺はなまえちゃんの傍にいたい。
俺にだけ甘えて、俺を必要としてほしい。
誰も知らないなまえちゃんを知りたくなる。
「俺がなまえちゃんの傍にいる」
小さく呟いて、俺は教室から出た。
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