06
「なぁ、露希」
「…何?」
「好きな奴、出来たかもしれない」

神谷と話をした次の日。
自分の中に生まれたまだ名前をつけるには曖昧な感情を口にした。

「へぇ…よかったじゃん」

彼は興味なさそうな返答して、美味しいのか美味しくないのかわからない顔をしながら作業みたいにご飯を口に運んでいた。

「…相手、男なんだけど」
「別に良いんじゃね?男でも、女でも。…好きだって思うなら、どっちでもいいだろ」
「…よくねぇだろ、普通。俺、男だぞ?」

露希は箸を止めて、視線をこちらに向けた。

「何がどうなって、好きだって思ったの?」
「え?あー…俺の昔のこと全部話したんだ。それで、」
「優しくされた?受け入れて貰えた?だから、好き?」

相変わらず、冷めた声だ。
淡々と初めから決まっていたセリフを読み上げるみたいに彼は言った。

「それ、違うんじゃない?優しくされて、受け入れられて。普段と違う反応にそう思い込んでるだけなんじゃない?」
「違う!!そりゃ、それも理由のなかにあるかもしんないけど。それだけじゃなくて、こう…一緒にいたいとかそう思って」
「…それも、自分を受け入れてくれる相手に依存したいだけなんじゃない?」

だから違う!!

教室で食べることを嫌う彼のために昼食の時にいつも使っている2人だけの空き教室に俺の声が響いた。

何で、好きになったのかなんてわからない。
優しくされたのも、受け入れてくれたのもきっとその理由にあるし。
受け入れてくれたから、傍にいたいって思ったのも否定はできない。
けど、そうじゃなくて。
何でとか、何がとかそういう次元の話じゃなくて彼を好きだと思った。

「…なら、いいんじゃね?」
「は?」
「そういうの違うって言えるんだろ?迷いなく。なら、いいだろ別に」

彼は何事もなかったようにご飯を口に運んだ。

「…そんな軽い話かよ」
「なら、やめたら?かもしれない、の間にならなんとかなるんじゃない?」
「んな、簡単にやめられる感情ならお前になんか相談してない」

昨日、神谷が泣きながら言ってくれた。
俺の選択は間違っていないと。
今、楽しいと思えることをしてるのなら俺はそれでいいと思うと。
その言葉が嬉しくて、俺の為に泣いてくれた彼が愛しいと思った。
彼を学校まで送って、家まで帰る道でもずっと考えてた。
自分の中に生まれたその愛しさって何なんだろうって。
泣き腫らした目で笑って、また会ってくれますかと言った彼に胸の中に膨らんだ思いは一体何なんだろうって。
考えて考えて考えて、答えが出てそれが好きって感情なのかもしれないって思って。
そしたら、凄くスッキリした。
あぁ、これはきっとそうなんだって。
けどそこで直面した別の問題。
相手が男で、後輩で、従弟のチームメイトで。
正直、考えたところでその事実は変わらないから彼に相談した。
あの時と同じように、何か言ってくれるんじゃないかと。

「まず、俺に相談するのが間違いだろ。俺は、そういうの嫌いなのに」
「わかってるけど、お前しかいなかったんだよ」
「あっそ。……けど、もうそれさ答えでてるだろ。流されたわけでもない。今更嫌いになることも出来ない。なら、好きでいるしかないじゃん」

それは、そうだけど。

「常識とか世間体ってそんなに大事か?…別に関係ないだろ周りなんて。好きなんだろ?なら、それが唯一の答え」
「関係ないって、そんな簡単な事かよ…」
「簡単なことだろ。お前は常識も世間体も1度捨てて、今ここにいるんだから」

弁当の蓋をした彼は大きく溜息をついて、視線をこちらに向けた。

「不安か?何が?失望されるのが?期待を裏切るのが?軽蔑されるのが?」
「…それは、」
「今と何が違うんだよ。失望されて期待を裏切って、軽蔑されて。それでもお前、自分が選んだこと正しいと思ってるんだろ?なら、今回も正しいと思うことやればいいだろ」

周りの意見に意味はない。

彼の言葉にはいつだって迷いがなかった。
けど、優しさもない。
いつだって事実を事実として俺に突き付ける。

「自分に嘘ついて、騙して、自分自身を裏切ることが…お前をどうしたのか忘れたわけじゃないんだろ?」
「…忘れるわけ、ないだろ…」
「なら、お前が思うようにやればいい。お前が正しいと思うことを」

食べ終わったら教室戻るぞ、と彼は言って早く食べろと視線で促す。

「おう、」
「俺はお前がどうなったってお前が正しいと思うことをするなら、失望も軽蔑もしない」
「お前が、親友でよかった」

自分の言葉が少し恥ずかしく思って、視線を伏せてから彼の方を見る。
整った顔の彼は少しだけ、微笑んでいた。


ご飯を食べ終えて、教室に戻る途中。
通りかかった2年の教室で露希が誰かに手を振った。

「あのクラスに知り合いいたか?」
「新しい知り合いがな。生意気な自称可愛い後輩」
「なんだそりゃ。仲良いのか?」

俺の問いかけに、彼はこれからなる予定だと少しだけ頬を緩めた。
珍しいこともあるんだな。
コイツが、仲良くなろうとしてるなんて。

「まぁ、お前が仲良くなる気があるならすぐに仲良くなれるだろうな」
「だといいんだけど」

そう言葉を返した彼の横顔に少し陰りが見えた。
不安そうっていうのか、悩ましいというのか…

「じゃ、また後で」
「おう。またな」





「今日も疲れてるね。シキ」
「真緒…いや、別に疲れてるってわけじゃない」

泣いたのなんていつぶりだろうか。
目が少し重たい。

「…疲れてるように見えるけど、後悔はしていないように見える」
「え?」
「何か、変わったんじゃないの?」

真緒はそう言って微笑んだ。

「詳しく聞いたりはしないよ。話したいって思うなら聞くし、話したくないなら聞かない。けど、シキがやりきった顔してるからほっとしてる」

重たい目を隠して、ふっと頬を緩める。

確かに、後悔はしていない。
聞きたいことは聞いた。
言いたいことは言った。
あの人は間違っていない。
それは俺が出した答えだった。

「嘘、吐いたこと謝って本当の気持ちを伝えてきた」
「そっか」
「それで、本当のことを教えて貰った」

なまえさんは自分が悪いと言った。
誰のことも責めずに、ただ自分を悪役にしていた。
けど、本当にあの人が全て悪いのか?
責めたって、いいだろ。
監督のこととか周りの環境のこと。
もっと言えば、鳴のことだって…

「本当のことを聞いて。聞いてからちゃんと俺が思ったことを伝えた」
「うん」
「ありがとうって、笑ってくれた」

真緒はよかったね、と柔らかい笑みを浮かべた。
コイツ、白河と付き合ってから随分と表情が柔らかくなったよな…

そんなことを思いながら真緒を見つめていれば、不思議そうに首を傾げた。

「何?」
「…いや、お前幸せそうだなって」
「なんで急にそんな話になったんだよ。俺、シキの話聞いてたんだけど」

なまえさんのことになると、どうにも自分が自分じゃなくなる。
大事なチームメイトさえ、責めてしまいたくなった。

「別に、話すことねぇって」
「そう?」

こくり、と頷いて両目を隠し机に額をくっつける。

悪かったな、と彼は言った。
俺のこと裏切って、悪かったなと。

そんなこと、どうして言えるんだよ。
苦しくて辛い思いしたはずなのに、どうして俺を気にかけるようなこと…

彼の声が、言葉が耳から消えない。
何度も何度も頭の中でリピートされる。

そして、彼が最後に見せた笑顔が瞼に焼き付いていた。
嘘でも鳴と同じ笑顔を浮かべていたとは思えないほど、綺麗で、大人びていて、優しい笑顔。

あの笑顔を見た瞬間、胸が苦しくなった。
心臓を掴まれて、息ができなくなる感じ。

それがなんなのか、俺にはまだわからなかった。

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