07
あの日以来、神谷とは時々連絡を取り合うようになった。
話の内容は当たり障りのない物だけど俺はそれが楽しいと思ってたし。
自分の感情を自覚したからと言って、告白するとかそういうのは全然頭になかった。
付き合いたいとか、思わないわけじゃないけど。
俺は今の距離感でも満足していた。

「まぁ、こんなもんか」

露希に頼まれた彼の学力で行けそうな大学をまとめたプリントをぺらぺらと捲る。
母親とは遠すぎず近すぎずの場所にいるのがベストだろうな、と勝手に考えて選らんだのはほとんどが都内の大学だった。
その中には俺の第一の学校もこっそり潜ませてある。

野球部のない大学、というのは本当に数が少なくて。
俺が志望する学部がある大学は全部野球部があった。

「まぁ…こればっかりは仕方ないよな」

教室から出て露希の教室に行こうとすれば廊下に彼の姿があった。

「露希ー?」

彼の背に声をかければ露希こちらを振り向いて、その向こうにどこか見覚えのある奴が立っていた。

「これ、頼まれてやつ」
「悪い、ありがとな」
「いいって、別に。あれ?なんか話してる最中だった?悪いな」

露希の向こうにいた彼の少し棘のある視線にわざとらしくそう言って笑えば彼は眼鏡の向こうの視線をふい、と逸らした。

「あ、いえ…借りた体育着返しに来ただけっす」
「は?露希が貸したの?体育着を?」
「そうだよ」

平然と答えた露希に珍しいな、と言えば一也は特別なんだよと言って彼の頭の上に手を乗せた。

一也。
あぁ、こいつあれか…
御幸一也。
どこかで見たことあると思ったら…昔に比べりゃ背がデカくなって可愛げがなくなった。
状況がわかっていないのか不思議そうな彼に「こいつ、人に物貸すの嫌いなんだよ」と言えば「え?」と目を丸くした。

「なんか昔流行ったおまじないでさ。好きな相手の私物を持ってると恋が叶うみたいなのあったろ?それで、自分の私物と相手の私物を勝手に入れ替えられたことがあってさ。しかも何個も」
「その話やめろって。思い出すだけで気持ち悪い」
「まぁ、そういうわけで人に物貸したがらなくてさ。俺にも貸してくんねぇんだよ」

お前は貸したら帰ってこないだろ、と失礼なことを言った露希は酷く優しい目をして御幸の頭を撫でた。

「一也、お前は特別だから。嫌々貸したとかそんなんねぇし」
「けど、俺…なんも知らなくて」
「そんな泣きそうな顔すんなよ。隠してるわけじゃないから。聞いてくれれば、答える」

なるほど、そういうことかと2人の会話を聞きながら納得した。
露希にもこういう日が来るなんてな…想像もしていなかった。
しかも相手は男で、あの御幸一也だ。
その御幸もどうやら脈ありっぽいし。

「一也」

聞いたこともないくらい優しく甘い声で御幸の名前を呼んだ露希がコツン、と額を合わせた。
周りの女子生徒がざわつくのも無視して、彼の目には多分御幸しか映っていない。

「知らないことは悪いことじゃない。まだ出会ってそんなに経ってない。一緒に過ごす時間だってこいつに比べりゃすげぇ短い。けど、これから一番長く俺と過ごしていくのは間違いなく一也だろ」
「っ、」
「だから、悲しい顔はしないで」

微笑む彼を見ながら溜息をつく。
脈ありっぽいっつーか確実にそうだろ、御幸の場合。

「聞きたいことがあれば、いつでも聞いて。全部が全部、答えられるかはわからないけどできる限り話すから。愚痴でもなんでも、俺で良ければ、聞くし」
「え?」

プリントに何かを書いた彼はそう言ってプリントとペンを御幸の胸ポケットに入れた。
ぼーっと露希を見ていた御幸はハッとなって周りを見渡してから顔を真っ赤に染めた。

「あ、えっと…失礼しますっ!!」
「え?」

驚いている露希が逃げちゃったと小さく呟く。

「そりゃそうだろ。昼休みの廊下でなんつーことしてんだよ。お前は」
「別に何もしてないだろ」
「それ、笑えねぇ冗談だぞ」

溜息をついていそう言えば彼は不思議そうに首を傾げた。
こいつは完全に自覚なしか…

「お前にしちゃ近いな。距離が」
「言ったろ。特別なんだって」
「…なんだっていいけどな。大事なら距離感誤るなよ」

彼をじっと見つめてそう言ってやれば、彼はすっと視線を逸らした。

「好意を向けられたら捨てちまうんだろ?傷つけてやるなよ」
「…わかってるよ」

彼に自覚がない限り、御幸が傷つくのは必須だろうな。
そんなことを思いながら俺はもう一度大きなため息を吐いた。





次の日の体育で御幸みたいな女の子と付き合いたいと言った彼に、これはいつまで経っても自覚は出来ないだろうなと思ってつい言ってしまった。
そいつと付き合いたいんじゃないのか、と。

散々あーでもない、こーでもないと彼らしくない御託を並べていたが最後は諦めたような覚悟を決めたような顔をして話を切り上げた。

「なぁんで、俺がこんなことしてんだろうな…」

その体育の次の日。
案の定休んだ露希からは今日は絶対に来るな、とメールが入っていて。
少し考えてから御幸に様子を見に行かせるという仕事を押し付けた。

「人の恋愛に首突っ込んでられる状況じゃねぇのに」

自分の片思いをほったらかして人の恋愛の手伝いか。
我ながら彼のことになると自分は甘くなる。
過去に助けられた恩があるからか、将又放っておいたらヤバいと知っているからか。
どっちにしたって、過保護すぎる自覚はないわけではなかった。

部活を終えて、1人部室で部誌を書いていれば携帯が震えた。
露希からのお説教か、と思いながら画面を見ずに電話に出れば聞こえてきた声は思っていたのと違うものだった。

『あ、あの…こんばんは』
「神谷?」
『あ、はい。えっと…すんません、部活中でしたか?』

いや、大丈夫だよと答えて残りわずかだった空欄を埋めて部誌を閉じた。

「どうかした?」
『あー、あの…また、会えないかなーって思ったんすけど』
「え?」

また会ってくれますか、と言った言葉に喜んだのは確かだが。
こう…なんというか、社交辞令みたいなものだと思っていなかったわけではない。

『嫌なら、全然…いいんですけど』
「嫌じゃない。俺は、また会いたいって思ってた」
『っぁ、ありがとう…ございます』

彼の声に自分の頬が緩むのがわかる。

『あの、来週…ミーティングがあってその時に来月のオフ出るんで』
「じゃあ、分かったら教えてくれるか?こっちのオフは今週末決まるから」
『はい。じゃあ、送ります』

少しだけ楽しそうな声色に変わった神谷の声。
だが、その向こうに鳴の声が聞こえた。

「鳴、近くいんの?」
『え?あ、すいません。部屋の外に多分…』
「謝んなくていいって。俺と連絡取ってることバレないようにな」

俺の言葉にえ?とどこか驚いた声が返ってきた。

「多分、アイツは良く思わない」
『誰と連絡取ろうが、俺の勝手じゃないですか?』
「まぁ、そうなんだけどさ。裏切り者の俺がチームメイトと話してると、アイツなら取られるとかそういう風に思うんじゃねぇかなって」

神谷は少しの沈黙の後、嫌ですよと言った。

『俺、なまえさんと連絡取り合うの辞める気、ないんで』
「……そう、言ってくれると嬉しいよ」

顔を俯かせて、唇を噛んだ。

いろんな人の期待を裏切ってきた。
だから、俺から離れて行く人ばかりだった。
こういう風に言葉にされると結構クるものがある。

『なまえさん』
「…ん?」
『今から、会いたいって言ったら…迷惑ですか』

え?って声が零れた。
今から、会いたい?
…今から!?

「ちょ、は?え?」
『そんな驚かなくてもいいじゃないっすか』
「あ、いやごめん。ビックリした。…あー、俺は今から平気だけど。大丈夫か?神谷。部活の後で疲れてるだろうし、明日も練習あるだろ?それに、」

それでも会いたいんです、と言った彼に胸がどくりと脈打った。

「あーくそ、お前本当にズルいな」
『え?』
「今からそっち行く」

鞄に荷物を詰め込んで、電気を消してから部室を出る。

『え?…え!?』
「何で驚くんだよ。会いたいって言ったのお前だろ」
『あ、いやそれはそうなんですけど。こっちまで来たら、時間…。夕飯とか、』

あぁ、そうか。
そこまでは彼に話していなかった。

「平気だから。行ってもいいか?」
『っ、待って…ます』
「ん、そっちの近くまで着いたらまた連絡する。それまでは、外出んなよ。危ないから」

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