09
次の日、露希と御幸はお付き合いを始めていた。
朝からラブラブなとこを見せられる俺の気持ちを考えてくれ。

数学の教科書を借りに教室に行けば御幸限定だと断られたし。
まぁ、そんなことだろうとは思っていたけど。
しかも俺と同じ志望校を彼が選んだと聞いて、笑わずにはいられなかった。
彼が御幸と付き合い始めた日から一緒に昼飯を食うことを辞めた。
御幸は寮に入ってるし、一緒にいる時間が少ないだろうっていう俺なりの気遣いで。
別に気にしなくていいのにって、言う割に露希は嬉しそうだった。

恋人が出来たから親友が必要なくなるわけではない。
神谷の言葉がなかったら、きっと今俺はどう彼と接すればいいのか困っていたと思う。

なんだかんだ、忙しく学校生活を送って。
ふと、部活の前に空白の時間が生まれた。
1番に部室ついて、ジャージに着替えながら昨日のことが思いだされた。

まさか神谷の前で泣くとは思ってなかった。
つーか、泣くのって何年振りだろう。

泣いているのに、きっと彼は気付いてた。
気付いてて何も言わなかった。

憧れてる人に、と彼が言った。
野球を辞めたのに、まだ…まだ、憧れてくれるのか?
認めてくれただけで嬉しかったのに、そんなこと言われて。
しかも、好きな相手にだ。
我慢できるはずがなかった。

「あー、くそ…」

小さく呟いて髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。

すげぇ、好きだ。
どうしようもないくらい、好きだって気持ちが溢れてくる。

つーか、今から会いたいとか言う時点で完全に反則だろ。
んなこと言われたら、普通に会いに行くっつーの。

「大丈夫か?」

いつの間にか部室にいた露希が不思議そうに俺の顔を覗き込む。

「無理」
「なんかあったのか」
「色々あった」

何それ、と笑う露希に俺も笑ってベンチに腰かける。

「なぁ、付き合うって幸せ?」
「…付き合って1日目の奴に聞くなよ」
「お前だから聞いてんだろ」

彼は俺を見てから呆れたように溜息をついた。

「幸せだよ、味わったことないくらい」
「そーか。…よかったな」
「あぁ」

付き合いたい?
そりゃ普通に付き合いたいよな。
けど昨日今の距離感で満足してるとか思ったばっかりだよな…
まぁ、満足してねェわけじゃねぇし。
けど神谷の特別になれたら嬉しいなとは思うし、むしろなりたいって思うし。

「あ、先輩こんちはー!!」
「おー、相変わらず元気だなお前」
「俺らも元気っすよー」

後輩たちがぞろぞろと部室に入ってきて、同じ学年の友人たちも遅れて入ってくる。

「あれ、露希となまえって喧嘩してたんじゃねェの?」

昼飯を一緒に食べた連中の言葉に露希が首を傾げた。

「別にしてないけど」
「え、じゃあなんで昼飯一緒じゃねぇの?」
「他に一緒に食べる約束してて」

彼女っすか!?と騒ぐ部員に囲まれながら露希は後輩だよと答えていた。

「なまえー、露希すげぇ怪しいんだけど!!」
「知らねェよ」
「だって後輩と飯だぜ!?」

仲良くなったんだろと笑って、部室から出る。

俺も同じ学校だったら一緒に飯とか食えてたのかなーって思ったり。

「んー…けど、それなら好きになってねぇかもなぁ…」





「機嫌良いな」

部活の時背後からボソッと白河に言われて肩が震えた。

「後ろからくんなよ」
「昨日の…例の相手?」
「おう」

煮え切らない感じはなくなったのか、と言われて俺は頷いた。

「なんつーか、色々スッキリしてる」
「泣いて帰ってきたと思えば今度はニコニコして帰ってきて。忙しいな、お前」
「ちょ、何で泣いて帰ってきたって知ってんの!?」

偶然見た、と白河はそっぽを向きながら言った。

「泣かされるくらい酷いことされたのかと思った」
「されてねぇって。俺が勝手に泣いただけ」
「それも珍しい話だよな」

お前が泣くところなんて俺も見たことがない、と彼は言った。
確かに人前で泣いたのはなまえさんが初めてだった。

「好きなのか、その人」
「なんで?」
「昨日のしまりのない顔と今の様子見て。なんとなく」

好き、好きかぁ…

「好きなんだろうなぁ、とは思ってる。出会った時から、心奪われたまんまだから」
「なんでそれで、だろうになんだよ」
「憧れと交ざってる気もする」

初めは確かに憧れだったし。
けど今は憧れもあるけど。
それ以上に自分の中を埋め尽くす想いがある。
それはきっと好きっていう感情で。
それがそうだと気付いたのはやっぱり、昨日の涙を見たからなんだと思う。

「けど、多分…俺はあの人のこと好きなんだと思う。今は憧れと交ざってるかもしれねぇけど、いつかちゃんと区別して好きになると思う」

白河は俺の方を見て目を丸くした。
そんな驚くことを言っただろうか、と首を傾げれば今度は呆れたように笑った。

「いつかって言っておきながら、今も既に好きだろ」
「好きだな、多分。憧れとの境界線がねぇだけで、憧れも好きも両方ある」
「まぁ、それなら真緒も安心するだろうな」

心配かけて悪かったな、と言えば真緒に言ってやれと言われた。

「感謝してるよ。真緒にも、お前にも」
「俺にもか?」
「お前らがいなきゃ、きっと受け入れられなかったからな。自分の感情」

男を好きになったかもしれない、なんて先例なしに俺は受け入れられなかっただろう。

「……もしかして、相手…男なのか?」
「あれ、言ってなかったか?」
「聞いてねぇよ」

男だよと言えば彼は呆れた顔で溜息をついた。
しかも、鳴の従兄だよとは流石に言えなかった。

「2人して何話してんのー?」

後ろから飛びついてきた鳴に再びびくっと肩が震えた。

「カルロ、驚き過ぎじゃない?」
「マジで、後ろから来んのやめろって。さっき白河にも驚かされた」

言わなくてよかったな、と内心ほっとしていればじっと鳴の目が俺を見つめていた。

「どうかしたのか?」
「…別に。カルロさ、俺に隠し事してない?」
「隠し事?俺が?」

そうだよ、と言われて一番に浮かんだのはやはりなまえさんのことだった。

「別になんもしてねぇけど。あ、もしかしてあれか?昨日チア部の先輩に告られたことか?」
「え、告られたの!?」
「あーこれじゃねぇのか」

どこかでバレたのか?
なまえさんと会ってること。
あぁ、けど昨日もその前も稲実の近くで会ってたし…
いや、けど時間も時間だったからなぁ…

「可愛かった?返事は?」
「可愛かったけど、断った。今、そういうの興味ねェし」
「うわ、つまんないなー。ねぇ、雅さーん!!」

慌ただしく、雅さんのところへ行った鳴を見て大きく溜息をついた。

「…何、隠してんの」
「あー…やっぱ、お前には言っとくわ」
「なに?」

雅さんに飛びついてキャンキャンと喚く鳴から視線を逸らす。

「俺がさ、今会ってんの…つーか、俺が好きかもしれない相手?いや、好きな相手?」
「どれでもいいよ」
「まぁ、どれも一緒か。…それさ、鳴の従兄なんだよ」

バッ、と凄い勢いでこちらを見た彼に苦笑を零す。

「あの、遊撃手の?」
「そう。あの人、鳴の兄貴じゃなくて従兄らしいんだけど」
「ちょ、待て。お前…そんな人を好きになりかけてんのか?」

そんな人ってどういう意味だよ、なんて思ったけど口にはしなかった。。

「そうだよ」
「野球…辞めたんだろ?鳴、スゲェキレてたじゃん」
「そうだな。…けど、それ、関係あるか?」

笑って、俺は数歩前に移動する。

「俺さぁ…あの人に頭も下げたし、あの人のために泣いたし…自分じゃ考えられねェくらいあの人のこと考えてんだよな」

後ろから返事はない。

「あの人だから、俺はこんな必死になってんだと思うんだよ」

あの人じゃなきゃ、こんなに必死になんてなってない。

「すげぇ、好きなんだよ。そんで、すげぇ憧れてる」

じゃり、とスパイクが土を擦った。
後ろを振り返って俺は笑う。

「誰にも認められなくても構わねェし誰になんと言われたって関係ねぇ。俺はなまえさんの味方でいたいし、なまえさんを支えたいって思ってる。自分がなまえさんに憧れて、好きになったこと…恥じたくないし、曲げたくない」
「…カルロ…」
「あの人以上はいないだろうし、あの人以外を好きになりたくない。それぐらいさ、俺はなまえさんが好きなんだよ」

悪いなって、言って俺は白河に背を向けた。

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