10
昼休み。ミーティングを終えて、オフの日を確認する。
今月は少なめだけど、重なる日はあるだろうか。
先輩達が早々にいなくなった教室で携帯を取り出す。
来月の部活のオフが決まったんですけど重なる日、ありますか。とメッセージを送りオフの日の日付を送る。
返信は放課後だろうな、と思っていればすぐに既読のマークがついた。
それから少しして14日はこっちもオフだよ、と返信が届き頬を緩める。
折角なのでどこか出かけませんか、と送れば可愛らしいスタンプでOKと返事が来た。
「カルロー、誰とライン?」
いくつか離れたところに座っていた鳴がこちらを見て首を傾げる。
「内緒。つーか、あれ?白河は?」
確かさっきまでいたと思ったんだけど、と教室を見渡せば彼氏のとこと鳴が答えた。
「相変わらず、ラブラブだね。あの2人」
「幸せそうで、何よりだよ。つーか、お前はいいのか?」
「何が?」
例の絵描きの恋人のとこ行かなくてと言えば彼は目を瞬かせてから笑った。
「部活の後に会う約束してるからいいの」
「あっそ」
「恋人いないのカルロだけじゃん。どーする?女の子紹介しようか?」
いらねぇよ、と答えて携帯をポケットにしまった。
俺に好きな相手がいると知ったらこいつはどんな顔をするだろうか。
しかもその相手が、彼の喧嘩別れをしたままの従兄だと知ったら。
考えてみて、面倒なことになることは明らかだったので首を横に振りその想像をかき消す。
「さっさと教室戻ろうぜ」
恋人の元へ行った白河には話した。
白河から恋人のアイツにも伝わってるだろう。
まぁけど白河がアイツと付き合っていたから、自分の抱いた感情を素直に受け入れられた。
まぁけど、俺も白河も男に惚れるとはな…
「世の中、何があるかわかんねぇよな…」
「どうしたのさ、急に」
「なんでもない」
鳴の恋人だって、恐らく男だ。
彼女じゃなく恋人、というから。
まぁ、触れてやらないほうがいいんだろう。
自分も触れられたら少し困る部分ではあるし。
「会いたくなったからやっぱり、会ってくる!!」
そう言って駆け出す鳴を見送り、溜め息をついた。
「すぐ会える距離にいるのが羨ましいぜ、ほんと」
そう小さく呟いて近くにある椅子に再び腰かける。
ポケットに押し込んだ携帯をもう一度引き出せば、どこか行きたいとこはある?と彼からのメッセージが送られていた。
行きたいところ…
まぁ、なまえさんとならどこでも楽しいと思うけどなぁ…
あー、けど新しい夏服欲しいよなと思ってここから少し離れたところにあるアウトレットはどうですか、と送った。
つーか、さっきの鳴の目。
完全に疑いを含んでたよな…
「バレてんのかなぁ…なまえさんのこと、」
なまえさんに迷惑になるだろうか。
もし、そうなら…疑いを晴らすべきなのか?
けど会ってることは事実だしな…
手の中の携帯がピロンと音を鳴らす。
俺も買いたいものあるし、そこに行こうか。
あぁ、また会えるんだって嬉しくなる反面さっきの鳴の目が焼き付いて離れなかった。
▽
「やめたほうがいいよ」
夕飯を終えてから、部屋に戻ろうとしていた隣に並んだ鳴がこちらを見ずにそう言った。
「やめる?何を?」
「…なまえに会うの」
あぁ、やっぱり言われると思ってた。
視線が交わらないまま、お互い足を止める。
「カルロ、知らないと思うけど。アイツもう野球やってないから」
知ってるよ。
心の中でそう答えて、でも口は閉ざした。
「アイツ、俺と甲子園行くって約束したのに。約束破ったんだよ?」
「そう、か…」
「もう無理なんだって、アイツ言ったんだよ?ありえなくない?やる前に諦めるとか」
あんな奴だとは思ってなかった、と鳴は言って馬鹿にするように笑った。
聞きたくなくて、両耳を塞いでしまいたかった。
なまえさんは鳴を責めていなかった。
だから、俺が責めてはいけない。
けど、彼の口からそんなことは聞きたくなかった。
「それにさ、アイツ。野球辞めてから両親に口きいてもらえてないんだよ。馬鹿だよね、散々応援してもらっておきながら逃げるからそんなことになんだよ」
「…鳴、」
「ご飯も作って貰えなくなってるらしくてさ。まぁ、お金もらえてるだけマシだよね」
野球をしてる時も苦しんでたのに。
今も、なまえさんは苦しんでるんだ。
味方をしてくれるのは例の親友だけだったのかな。
俺も、味方になれっかな…
「…なんで、黙ってんの」
あの涙にどんな想いを乗せたんだろう。
少しでも俺は、なまえさんを救えたのかな。
「おい、カルロ」
「興味ねェよ」
「え?」
彼の方を向いて、俺は笑った。
「なまえさんがどんな扱いされてるかなんて興味ない。お前がどんなふうに思ってるかなんて関係ない」
「な、なんだよそれ」
「野球辞めたの、知ってるよ。辞めた理由も知ってる。今、親と上手くいってないことも、お前と喧嘩したまま3年目迎えたことも知ってる。けど、あの人がどれだけ苦しんでるかも知ってる」
目を見開いた鳴が俺を見つめて。
周りの音がどこか遠く聞こえた。
「な…なんで、知ってんのに会うわけ?野球辞めたアイツに会ってなんの意味があんの?」
「野球やめたからって、なまえさんがなまえさんじゃなくなるわけじゃないだろ。野球辞めたくらいで、俺はなまえさんから離れたいとは思わねェよ」
「去年までは何も、知らなかったくせに何言っちゃってんの」
そうだ、何も知らなかった。
名前も鳴との関係も。
俺は何も知らなくても、俺は彼という存在に心を奪われた。
「今は、少しは知ってる」
「っそれが、なんだよ」
「これからも、知りたいって思ってる。…なぁ、知らねェってことはそんなに悪いことか?他人のことなんて最初は何も知らない。鳴がどんなふうに思ってんのか、わかんねぇけど。知らないことより、知ろうとしないことの方が悪いことだと思うぜ」
鳴から視線を逸らして戻ろうとした俺の頭に何かがぶつけられて足を止めた。
「何それ。すっげぇ、ムカつくんだけど」
振り返れば、さっき彼が買ったばかりのペットボトルが落ちていてそれを拾い上げる。
彼に歩み寄って、それを手渡して笑った。
「俺もお前に今、すげぇムカついてる」
「え…」
「知ろうとしないで、あの人のこと悪く言ってるお前を…本当は殴り飛ばしてやりてェくらいにムカついてる」
けど、お前を責めないなまえさんのためにもそれはしちゃいけない。
わかってる、わかってるから嘘でも笑え。
そう自分に言い聞かせて、一歩後ろに下がった。
「な、なんであんな奴のために必死になっちゃってんの」
「好きな人のために必死になるのはおかしなことか?」
「、は?」
俺さ、なまえさんのこと好きなんだよ。
迷いもなく言えた言葉。
鳴は固まって、さっき手渡したばかりのペットボトルを落とした。
「は……?」
「悪いな。だから、俺はお前の言うこと聞けない」
「なに、それ…だって、お前男じゃん。なまえも、「だから?」…だから、」
お前も相手男だろって、言えば彼はさらに大きく目を見開いた、
「知らねェと思ってた?なんとなく、気付いてたよ。白河も、男と付き合ってる。…性別、そんなに大事か?好きだって思っちまったんだからもう仕方ねぇだろ」
「なんで…なんで、よりにもよってなまえなんだよ」
「なんでだろうな。わかんねぇけど、もうどうしようもできないくらいに好きでさ。あの人のために、必死になれるんだよ俺」
視線を伏せてから、小さく息を吐き出す。
「だから、お前がなんて言おうが関係ない。…たとえお前が俺達のエースでもなまえさんの従弟でも…俺はお前のいうことは聞かない。これだけは、譲れない」
鳴に背中を向けて、今度こそ部屋に戻って頭を抱えてしゃがみ込んだ。
何、やってんだろう…
あんなこと言って、なまえさんに迷惑かけたらとか…
頭ではわかってたとに、どうしても止められなかった。
「…なまえさん、」
もし…鳴が、なまえさんに俺の気持ちを言ったら?
連絡が取り合えないわけじゃないんだ。
可能性が、ないわけじゃない。
部屋にかけられた時計に視線を向けて、立ち上がる。
そして財布を掴んで、部屋を飛び出した。
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