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「通報されるよ、そんなところにいたら」

青道の校門の前。
見つけた人影の前で足を止めて、その人に言葉を投げかける。
顔を上げた彼にあぁ、やっぱりそうだと内心思った。

「あ…え、露希…さん?」
「俺の名前まで知ってんだ」
「え、あ…はい。なまえさんから、聞いて…」

やっぱり、稲実に練習試合したときになまえと話してた奴だ。
彼がなまえの好きな相手…なんだろうな。
2人が話している姿を見た次の日、好きな人が出来たって言ってたし。

「…初めまして、御幸露希です」
「神谷カルロス俊樹、です」
「で、神谷君は何しに青道に来たの?」

彼は視線を逸らし、口を閉ざしたまま。

「…なまえに会せてあげようか?」
「え?」
「さっき別れたばっかりだし」

腕時計に視線を落としてからこちらを見つめる彼に視線を戻す。

「まだ、帰る時間じゃないし。その辺にいるよ」
「会わせて、くれますか…?」
「別に、構わないけど」

会わせてください、と彼は頭を下げた。

「携帯あるんだし、電話して呼び出せばいいのに」
「…携帯、忘れたので…」
「へぇ…ラフな格好してるし、もしかして衝動的に飛び出してきた?」

え?と目を丸くした彼に図星かと思いながら歩き出す。

「神谷くんだろ?最近なまえと会ってんの」
「え、あ…はい。最近よく会ってますけど…」
「なんで?」

振り返り彼の方を見る。
数歩後ろを歩く彼は少し戸惑ってから口を開いた。

「会いたいって、思うから…です」
「何で会いたいの?アイツに。…なまえは君の憧れだったんだろ?裏切られたのに「裏切られてないです」……野球辞めたのに?」
「……野球、辞めてもなまえさんはなまえさんです。今が楽しいってなまえさんが言えるなら俺はそれでいいって…思ってるんで」

足を止めて本当に、と首を傾げた。
彼は目を丸くしてから、伏せる。

「本当です。楽しいって思ってるなら、俺はそれでいいって思ってます」
「…けど、もう一度野球をしてくれたらって思ってる」
「っ!!それ、は…」

あぁ、やっぱり似てる。
なまえに…彼はよく似てる。

「神谷ってさ、優しいってよく言われない?」
「え?」
「何かさ、自分に対する評価が凄い低い。そんで、勝手に自滅するタイプ」

顔を上げて目を丸くした彼に俺は笑った。

「なまえは正しくそんなタイプ」
「なまえさんが…?」
「自分のせいにはできるけど、他人のせいにはできない。
自分を責めることはできるけど、他人を責めることができない。
自分を悪役にはできるけど、他人は悪役に出来ない」

アイツは誰も責めない。
アイツは誰も悪役にしない。

だって、彼こそが彼の世界では悪役だから。

「家族、従弟、友人、チームメイト、監督…責める対象はいくらでもいるのにアイツが責めるのは自分だけ」
「ぁ、それ…」
「けど本当にアイツが悪いのか?…俺は、そうは思わない。アイツの苦しみに気づかなかった家族が悪い。アイツを追い込んだ従弟が悪い。アイツに救いの手を差し伸べなかった友人が悪い。アイツのポジション変更をおかしいと思わなかったチームメイトが悪い。アイツにポジションを変更させた監督が悪い」

神谷君は俺を見つめて、言葉を探すように唇を少し震わせた。

「でもきっと、一番悪いのはアイツの手を引いて逃げた俺だ」
「え…?」
「一緒に逃げようって、俺が言わなきゃアイツは今も野球をやってた。だから、責めるべきはなまえじゃなくて俺ってこと」

神谷君は少し迷ってから、口を開いた。

「けど、なまえさんは…そうは思ってない。隠してた自分を露希さんに気付いてもらえて嬉しかったって…露希さんは…」
「そう、それ。そこが問題。折角、こんなに悪役にしやすい人間が傍にいるのにアイツが俺に感謝しちゃってる。優しいだろ?こんな俺にも、アイツはずっと優しかったんだよ。けど、自分に優しくない。自分以外への優しさってのはさ…ある一線を越えれば自分への攻撃に変わるんだよ」

他人に優しくし過ぎれば自分が蔑ろにされていく。
他人への優しさは裏を返せば自分への攻撃だ。

「自己愛ってものがなまえにあれば、その一線はきっと越えなかった。ほら、人間は自分が傷つくことは無意識に避けるだろ?傷つきたくないって言う防衛本能が働く。けど、なまえにはそれがない。だから、他人への優しさがいつの間にか自分への攻撃に変わっていたことに気付かない」
「それって…他人に優しくするほどなまえさんが苦しむってことですか?」
「大正解。そういことだよ。優しさにアイツは殺されるんだ。そして、野球を辞めた今もアイツは傷つき続けてる」

喋りすぎているな、と少し思った。
けど、次彼と会うことがあるかなんてわからないから。
今言えることは、言いたいことは全て言っておきたい。
もう来てしまったけど、仕方ない。

「家族に見捨てられて、従弟に裏切り者だと罵られて、昔親しかった奴は皆アイツから離れて行った。何も知らない奴らはアイツの選択を理由も聞かずに間違いだと決めつけて。アイツは裏切られたんだよ。自分が優しくしてきた全ての人に。苦しい、辛いそんな感情を押し殺すんだよ。俺が悪かったからって。それでアイツは笑うんだ」

傷だらけになりながら、笑う。
傷つきながら、痛みに耐えて苦しみに耐えて、ただただ笑うしかない。

「アイツからそこそこ、話聞いてるんだろ?…今までの話、理解出来るよな?」
「…はい」
「俺にアイツは救えない。アイツを苦しい道に引っ張ったのは紛れもなく俺だから。俺もあいつも片道切符だった。元の場所への行き方を知らないんだよ。けど、その代り俺はアイツをこれ以上傷つかないように守りたいって思ってる。アイツが俺のためにそうしてくれたように、俺はアイツのためにそうしたい」

だから最後に1つだけ言いたいと彼をじっと見つめた。

「何ですか」
「神谷がいつか、なまえを裏切るかもしれないなら。俺はお前をアイツに会わせたくない」
「俺は……裏切らないです。裏切れないです。……何年、あの人に憧れたと思ってるんですか」

神谷は笑ってそう言った。
その言葉に嘘があるか、なんてわからないけど。
けど、彼なら大丈夫なんじゃないかって思った。

「よかったよ。なまえが出会ったのが、お前で」
「え?」
「な?そう思うだろ?」

神谷の後ろに視線を向ければ苦笑を零す彼の姿があった。
振り返った神谷はなまえさん!?と驚いた声を出した。

「柄じゃないよな、こういうお節介って」
「そうだな。こういうとこで優しくすんなら、教科書貸せよ」
「それはアイツ限定」

神谷がこっちを見てどういうことですか、と言った。

「悪いね。声かける前に写真撮ってなまえに送らせて貰ってた」
「え?」
「横顔見てすぐに思い出したんだよね、神谷君がなまえの知り合いだって。なまえに会いにきてるわけじゃなかったとしても、手ぶらっぽかったからなまえに送らせようかと思って」

まぁ、丁度良かったなと笑えばなまえが呆れたように溜息をついた。

「つーか写真だけ送られてもわかんねェって」
「それでも来たじゃん」
「…まぁな」

じゃ、俺はもういいよなって言えばなまえはマイペースすぎんだろと笑った。

「悪いな。あぁ、そうだ。俺色々喋っちゃったから」
「は?それ、どういう…」
「なんか、お前に似てるから珍しく饒舌になった」

俺の前でお前が饒舌だったことあったか?と首を傾げたなまえに俺も首を傾げる。

「あんまりないな」
「…わざとだろ、お前」
「仕返しだよ。俺の家にわざわざ来させたろ?一也のこと」

悪かったよ、となまえは言って神谷君の腕を掴んだ。

「行くぞ、」
「…あ、はい。あのっ露希さん!!…ありがとうございました」
「どういたしまして」

ひらひらと2人に手を振って、溜息をついた。

「柄じゃないことすると、疲れんなぁ…まぁ、幸せになれよ」

恋というものは、どんな薬よりもどんな治療法よりも優れてることがある。
なんて、柄にもないことを俺は思っていたりするのだ。

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