12
人のいない学校近くの公園で足を止めた。掴んでいた腕を離して、視線を彼に向ける。
「なんで、こんな時間に青道になんか来たんだ?連絡してくれれば、俺が行ったのに」
俺の問いかけに神谷は一歩下がって、俯いた。
「今日、鳴になまえさんに会わない方がいいって言われました。なまえさんを悪く言っているのを、聞きました」
「…アイツならそう言うと思ってたよ」
「けど、俺鳴になんて言われてもなまえさんに会いたいって思います。っだから…」
彼は鳴と喧嘩になったのかもしれない。
だから、寮を飛び出してきたのかもしれない。
何があったのかは聞かないとわからないけど、神谷が俺のために何かをしたのは確かなことだと思った。
「鳴と、喧嘩した?」
「…喧嘩ってほどじゃないです」
「じゃあ、帰ったら謝って仲直りしろよ」
え?と顔を上げた彼に俺は笑った。
「アイツ カッとなって言うこと多いから、きっと今頃後悔してる」
「…なんで、鳴を庇うんですか?なんで…責めないんですか?鳴はなまえさんが苦しんでることなんて知らずに、なまえさんのこと笑って」
「いいんだよ、別に。…アイツに笑われたって、家族に見捨てられたって。俺のために悪役になろうとする親友がいて。俺のために泣いてくれる神谷がいるから」
見開かれた瞳に俺はどう映ってるんだろうか。
「…他人を責めるのはきっと簡単なことだし。俺は悪くないって謳うことはきっと今すぐでも出来る。けど、こんな俺をわかりたいって知りたいって思ってくれる人に出会うこと。こんな俺を親友だと言い続けてくれる奴に出会うことは簡単な事じゃない」
「それは、そうかもしれないですけど…」
「まぁ、家に帰って辛いなとか居心地悪いなとか思うし。鳴に裏切り者だと言われることも正直笑って許せるようなことじゃない。けどさ、それでも…露希とか神谷みたいな人がいるから…そういうのも平気だって思える」
優しさは確かに、人を殺すかもしれない。
けど、俺は優しさに救われてる。
だから、俺は他人に優しいままの俺でいたい。
神谷は瞳を揺らしてから再び俯いた。
「俺は、なまえさんを支えられる人に…なれてますか?貴方の、救いに…なれてますか」
「さっき、露希も言ったろ?俺に出会ったのが神谷でよかった。俺は確かにそう、思ってる。ありがとな」
「…ズルいです、なまえさんは」
俯く彼の頭を撫でて、頬を緩める。
本当に、出会えてよかったって思ってる。
露希もそのこと気付いてたから、色々なことを話したんだろう。
何を話したのかわからないのが、少し怖いけど。
「俺は、これからも…なまえさんと会いたいし。親しくしていきたいって思ってます」
「俺も思ってるよ」
「誰が、何と言おうと。誰が、貴方を悪く言っても。俺は…なまえさんの味方でありたいって思ってます。…迷惑に、ならないなら」
迷惑なんて、思うはずないのに。
やっぱり彼は優しい子だと思う。
「…なぁ、神谷」
「はい?」
「俺も誰になんて言われたって、どう思われたって神谷といたいって思ってる。俺、神谷のこと好きだからさ。…尚更、そう思う」
神谷はえ?と声を漏らして固まった。
「ごめんな。俺のこと憧れて、慕って俺といたいって思ってくれてんのに。俺はさ、神谷のこと好きだから一緒にいたいって思ってる」
「え、あ…あの、それって…」
「好き。恋とか愛とか、そういう意味で」
固まっていた彼の瞳から一筋涙が零れて、今度は俺が驚く番だった。
「え、ちょ…神谷?」
「っ…なまえ、さん」
「うん?」
頬に伝った涙を指で掬って顔を覗き込む。
「俺も、好きです」
「え、は…?」
「……なまえさんのこと、俺も好きです。…それを、鳴に…言っちゃって…」
アイツがなまえさんに言う前に、伝えなきゃって思って。
彼は恥ずかしそうに、声を震わせる。
あぁ、なんだよそれ。
彼はどうしてこうも俺の心を奪っていくんだろう。
「……神谷、付き合おう?…絶対に幸せにするとかカッコイイこと言えないけど。誰よりも、優しくする。大事に、する」
彼は唇を震わせて俺の名前を呼んで、ゆっくりと頷いた。
▽
嘘みたいだと思う。
俺を野球に惹き込んだ憧れの人に恋をして。
そして、結ばれて彼が俺を抱きしめている。
「なまえさん、」
「ん?」
「なまえさんが誰かに優しくして、なまえさん自身が傷つくなら。その傷を癒せるように、俺が優しく…ありたいです」
ありがとうって、鼓膜を擽った彼の声。
少し、腕の力を緩めて俺の顔を見つめた彼はさっき涙の零れた瞳の目尻に口づけた。
「嬉しい」
「…俺も、嬉しいです」
俺を離して帰ろう、と彼は微笑んだ。
「はい、」
「学校まで送るから」
「え、いやけど…」
手ぶらっぽいし、流石に心配だからとなまえさんは笑った。
「すいません…後先、考えずに出てきちゃったので…」
「俺は嬉しかったからいいよ。て、言いたいとこだけど。露希が見つけてなかったら、何が起きてたかわからなかったしもうやめてね」
「はい」
稲実の近くに着けば、白河の姿が見えて足が止まった。
「どうした?」
「いや、チームメイトが…」
俺に気づいた白河がこちらに駆け寄ってきて、大きなため息を吐いた。
「携帯置いて、どこ行ってたんだよ」
「…悪い、」
「鳴が…今にも泣きそうだから」
ほらなって隣にいたなまえさんが笑った。
大きな手が頭を撫でて、仲直りしておいでと優しい声。
「…君も、悪かったね。心配かけて」
なまえさんが白河にそう、声をかければ白河は彼を見つめてから言った。
「…次、カルロを泣かせたら許さないんで」
「え?あぁ…肝に銘じておくよ。神谷のことと併せて。…うちの従弟の後ろをよろしく」
俺も白河も目を見開いた。
だって、そんなこと言うとは思ってなかったから。
「じゃ、またな。神谷」
「あ、はい。ありがとうございました。露希さんにも、お礼伝えておいてくれますか?」
「あぁ、伝えておくよ」
背中を向けて、駅の方に歩き始めた彼の背中を見つめていればバタバタと騒々しい足音が近づいてきて振り返る。
そこには昔の露希さんに良く似た、鳴の姿があった。
「なまえ!!!」
足を止めたなまえさんは首だけで、こちらを振り返った。
「俺の大事な仲間まで裏切ったら、絶対許さねぇから!!!」
え、と声が零れた。
白河は呆れたように笑う。
前を向き直った彼は、くるりとこちらを振り返り微笑んだ。
「鳴。お前は昔から好き勝手言うの好きだな」
「は?」
「別にさ、俺のことをどれだけ悪く言おうがかまわないけどさ」
彼の微笑みは、今まで見てきた優しいものじゃない。
鳴に似た偽物の笑顔でもない。
どこか、怒りを含んだように冷たくどこか棘がある気がした。
「俺の大事な人まで傷つけるなら、俺もお前を許さない」
「っんだよそれ!!「鳴」…なんだよ」
「次はねぇぞ」
ピリッと、空気が張りつめた気がした。
なまえさんは誰も責めない。
なまえさんは誰も悪役にしない。
露希さんの言っていたことはきっと、間違ってない。
けど彼は大切な誰かのためになら、責めることも怒ることもできるんだ。
そして誰かを、悪役にすることができる。
きっと露希さんのためにも、彼は怒ることができる。
けどそれを彼はまだは知らない。
だからきっと、今このことを知ってるのは俺だけなんだ。
「またな、俊樹。あとで連絡する」
さっきの笑みが消え、なまえさんはそう言っていつもの優しい笑顔で笑った。
今、俊樹って…
顔が熱くなって、俯けば隣にいた白河が笑った。
「お前も照れるんだな」
「…言うなよ」
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