13
「へぇ、付き合ったのか。おめでとう」「おう、サンキュ。アイツもありがとうって」
朝練の後の部室で。
露希に付き合ったことを報告すれば相変わらず面白くない返答が返ってきた。
「つーか、お前さ。俊樹に何言ったんだよ」
「俊樹?」
「神谷カルロス俊樹」
あぁ、神谷君かと彼は納得したように頷いた。
「別に、これといって」
「嘘だろ」
「そうだなぁ…お前が馬鹿みたいに優しい奴だって話した」
馬鹿みたいには余計だろ、と言えば彼は笑う。
「どうだか。あぁ…けどさ。昨日神谷君と話してみて思ったことはさ…お前に良く似てるなぁってこと」
「は?」
「誰かの為に何かを感じられる。アイツもきっと優しすぎて損するタイプ」
教室行くぞ、と鞄を肩にかけた彼の隣に並んで首を傾げる。
「まぁ、確かに優しいけど。損するってとこまで言うか?」
「そこまで言うよ。こんなに近くにわかりやすく悪役を引き受けてくれる俺がいるのに、アイツは責めなかった」
「…お前責めて何になるんだよ。俺は、お前に救われた」
お前を救ったのは俺じゃなくて神谷君だろ、と露希は言った。
お前にも俺は救われたのに。
こいつだって大概自分を悪役にするのが得意だ。
「優しさに殺される」
「は?」
「けど、人を救うのも優しさだから世界ってのはどうにも難しいよな」
露希はそう言ってこちらを振り返った。
「そう、思うだろ?」
「…そうだな」
「露希さん!!」
聞こえた声。
足を止めれば御幸が凄い勢いで彼に抱き着いた。
「おはようございます」
「おはよう」
「おーおー、朝からお熱いことで」
俺の言葉に彼は御幸の肩を叩き耳元で何かを囁いた。
レンズの向こうの瞳がパチパチと揺れてから彼は笑った。
「おめでとうございます、なまえさん」
「は?てめ、露希!?」
「俺と一也の間に隠し事はないから」
俺のことは隠せよ、と言えば最優先は一也だろと恥ずかしげもなく彼は言った。
「どんな相手ですか?なまえさん」
「優しい奴」
「アバウトすぎます」
名前教えてあげようか?と首を傾げた露希にそれはやめてくれ、とため息交じりに言えば彼はクスクスと笑った。
「恥ずかしいんだってさ」
「いつか教えて下さいね」
「…検討はしとく」
つーか、多分だけど。
俊樹と御幸って知り合いだろ?
これ、俺が言ってOKでもアイツが無理じゃね?
▽
「なぁ、なんで鳴不機嫌なんだ?」
朝練を終えてから、ずっと気になっていたことを白河に尋ねてみれば彼は呆れたような目で鳴を見た。
「大好きで大好きで仕方ないお兄ちゃん?従兄だっけ?に怒られたからだろ。挙句、仲間に奪われちゃったわけだし」
「あー…喧嘩してるくせに」
「アイツが素直じゃないのなんて、今に始まったことじゃないだろ」
今日は鳴に近づくのはやめておこう、と溜息をつきながら心に決めた。
「つーか、まさかカルロスまで付き合うとはな…お前から?」
「なまえさんから」
「…へぇ…両想いだったんだ」
スゲェ偶然だよな、と笑えば白河は恋愛なんてそんなもんだろと言った。
「スポーツショップで出会ってなかったら…始まらなかったんだろ?」
「名前も知らないままだった」
「……偶然が重なるから、恋愛ってものになるんだな」
あぁ、確かにと笑えば彼も頬を緩めた。
「真緒にもちゃんと報告しとけよ」
「わかってる。まぁ、心配かけたしな」
「心配なら俺らにもかけただろ」
携帯も持たずに飛び出すとかどうかしてるだろ、と彼は言った。
まぁ、確かに馬鹿だった。
会えるとは限らないのに、携帯も持たずに青道に行って。
「あんな無謀なことしてよく会えたよな」
「…まぁ、なまえさんの親友の人が見つけてくれてさ」
「親友?」
なまえさんをきっと誰よりも信じている人。
なまえさんがきっと誰よりも信じている人。
「優しい人でさ。なまえさんのいろんなこと、教えてくれた」
「へぇ…妬かないのか?親友だろ?自分以上にその人のこと知ってんだろ?」
「知ってるな。けど親友と恋人って違うだろ。嫉妬するよりもさ、感謝してる」
え?と首を傾げた彼に俺は笑う。
「あの人がいたからなまえさんは変わらずにいられたんだと思うんだよ。あの人がいなかったら…きっと多分、優しさに殺されてた」
「…どういう意味?」
「まぁ、こっちの話だから気にしなくていいぜ?」
露希さんには今度またちゃんと、お礼を言いたい。
なまえさんの隣にいてくれたこと。
それから、俺になまえさんのことを教えてくれたこと。
いくら感謝しても感謝したりない。
俺がなまえさんを責めないように、傷つけないように、彼はわざわざ悪役を引き受けたのだ。
「カルロー!!」
「げっ」
「来ると思ったよ」
走ってきた鳴は不機嫌です、と顔に書いてあるようだった。
雅さんには胃薬か何かをあげた方がいいんじゃないだろうか、と思ってしまう。
「何で俊樹とか呼ばれちゃってんの!?」
「え?あー…直前までは神谷だったんだけどな」
「確実に鳴への牽制だよね」
白河はそう言って面白そうに笑った。
「あー、もうムカつくなーっ!!」
「てか、付き合ってたら名前呼びは普通だよな?」
まるで狙ったように、いや確実に狙って白河は俺にそんなことを問いかけてきた。
ピシッと固まった鳴にやはり彼は楽しそうに笑った。
昨日、心配させたことを相当根に持ってるんだな…。
「つ、つ、付き…付き合って…!?なまえ…と?」
「え、あー…おう、付き合わせてもらって…ます」
「なまえ、男だよ!!?」
それ、俺に喧嘩売ってる?と白河が首を傾げる。
「違うけど!!」
「てか、鳴だって相手男じゃん。絵描きの人」
「は?……なんで白河まで知ってんの!?」
俺らは薄々気づいてたからな、と白河と顔を見合わせてから苦笑を零す。
「ここ3人全員相手男とか………男子校かよ、ここ…」
「じゃあ、鳴が別れて女の子と付き合えば?」
「嫌だ!!」
鳴と白河の言い合いを見ながらつい、笑ってしまった。
付き合ってるなら名前呼びは普通、か…
俊樹、と彼はまた呼んでくれるだろうか。
あまり呼ばれ慣れていない名前だけど、凄くくすぐったくて特別な気がした。
「てか、話聞けよ!!カルロ」
「あ?何?」
「マジで、後悔しても知らないからな!!」
鳴の言葉に目を瞬かせてから、笑った。
「大丈夫だと思うぜ?なまえさんは俺の知る誰よりも優しい人だから」
「は?」
「遅刻するし、さっさと教室行こうぜ」
あぁ、もうっ!!とやきもきする彼に白河はどこか楽しそうだった。
「イライラするからちょっと顔見てくる!!」
そう言って俺に鞄を押し付けて走り出した彼に俺と白河は顔を見合わせて笑った。
「アイツもゾッコンだよな…」
「毎日会いに行ってるしな」
「白河もだろ」
お前は毎日会えないよな、と言われてまぁそうだなと頷く。
「けど、会えない分さ…会えたときスゲェ幸せだからそれでいい」
「…あっそ。朝から胃もたれしそう」
「悪かったな」
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