07
あの放課後から御幸さんは変わった。

私を呼び出すことはやめた。
なのに、授業中も休み時間も視線を感じてそちらを見れば御幸さんがじっと私を見つめていた。
けど視線が交われば慌てて視線をそらす。

彼はそんなことを繰り返していた。

「御幸先生の手伝い、最近ないんだね」
「新任って言ってももう仕事に慣れたんじゃない?」
「…そうかなぁ」

そう、仕事に慣れて私の手伝いが必要なくなったならそれでも構わない。
けど、もしそうだとしたらどうして彼は私を見つめているんだろうか。

「それか、あれだよ」
「あれって?」
「私の家族の話聞いて、嫌になったか」

家族の話を聞いて、離れる人も過去に居なかったわけじゃない。
私の境遇を可哀想だと言って笑い、クラスに言いふらした奴だっていた。

御幸さんはそんな人じゃないと思っていけど。
結局私は彼について、彼がどんな人なのか知らないから。
だから、そんなはずないと断言もできなくて。

「…御幸先生がそんなことすると思うの?」
「可能性の話をしただけ。そうだとは思ってない」
「御幸先生はそんな人じゃないよ」

友人はそう言って御幸さんの方を見た。

「今までの大人とは違う…と思ったんだけどな」
「…私もそう思うよ」

彼について知らないくせに、私は彼に期待をした。
この人なら私の隣にいてくれるんじゃないかと。

「けどさ、所詮…彼は大人なんだよ」

期待することは好きじゃない。
裏切られるとわかってるから。
幼い頃何度も何度も繰り返した。
今日こそは今日こそはと帰ってこない両親を待ち続けた。
けど、私の家のチャイムを鳴らしたのは私の生活費を届ける宅急便だけだった。

だから、いつからか期待することをやめた。
やめて、いたのに…


「それでも…私は彼に期待した」
「うん」
「御幸先生ならって…本気で思ったんだよ」

笑いながらそう言えば友人は少し悲しそうに笑った。
視線を御幸さんの方に向ければ、女の子に囲まれた御幸さんが私を見つめていて。

彼はふいと視線をそらした。
けどまたこちらに視線を向けて、視線が交われば悲しそうな瞳を一瞬だけ私に向けて目をそらした 。

あの日、あの放課後で見た彼の瞳。

御幸さんはもしかしたら…

頭のなかに浮かんだら一つの仮定に私はため息をつく。

「そんなに、繊細な人じゃなかったと思うんだけどな…」
「なまえ?」
「なんでもないよ。御幸先生は…きっと今までの大人とは違う」

私の言葉に友人はどこか嬉しそうに頷いた。





告白まがいのことをして間接的にフラれてから俺はなまえちゃんに声をかけれなくなった。
今までどんな風に笑って、どんな風に話していたのかわからなくなった。

それでも自分の視線は無意識に彼女を写し続けて。
視線が交われば咄嗟に目をそらした。

まるで子供の恋愛だ。

自分がここまで臆病で奥手だとは思わなかった。

昔だったらフラれても、強引に傍にいて自分を好きにならせたはずなのに。
そんなことをする勇気は俺にはなかった。

遠くから見ているのに満足なんかしない。
名前を呼んでほしくて、俺の手伝いをめんどくさそうにしながらしょうもない話して。
そんな当たり前のようにあった時間が今ひどく愛しい。

なまえちゃんはどんな風に思ってる?
俺が声をかけなくても何事もなく時間が過ぎてるか?

「御幸先生!!話、聞いてる!?」
「あー、ごめん。聞いてなかった」
「最近そういうの多くない?」

頭のなかを埋め尽くすのは蒼ちゃんの笑顔。
御幸さんと呼ぶ声が耳に残って今も響いている。

彼女を見ていれば視線が交わって慌てて目をそらす。
蒼ちゃんはもう俺を見てないだろうと彼女の方に視線を戻せばさっきと変わらずじっとこちらを見つめるなまえちゃん。

あんな告白まがいの言葉を言わなければ今も変わらず傍にいれたかもしれない。
なまえちゃんの友達に頼まれたことももうダメかもしれない。

けどやっぱり…あの場所に、なまえちゃんの傍に戻りたい。

生徒と先生でも構わない。
好きという気持ちはいくらだって我慢できるけど。
なまえちゃんの傍にいられないのは我慢できない。

「…ごめん、ちょっと仕事あるから。またね」
「えーっもうちょっとだけ!!ね?」
「急ぎの仕事だったんだよねー。ごめんね」

女の子の中から抜け出て、友達と喋るなまえちゃんに近づく。

「あ、の…さ…みょうじさん」
「…どうしましたか?先生」
「放課後…仕事手伝ってくれる?」

絞り出した言葉はいつも彼女に伝えていた言葉。
なまえちゃんはため息をついて俺を見た。

「わかりました。あぁ、けど…」

なまえちゃんは立ち上がって俺の横を通りすぎる瞬間小さな声で呟いた。

「作り笑い、できなくなりました? 」

クスクスと笑う声が聞こえて。
咄嗟に振り返って彼女を見ればなまえちゃんは微笑んでいた。

「らしくないですね」

そう、俺に告げて彼女は教室から出ていった。

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