08
放課後の数学教科室。


会議が長引いて少し遅れて行けば机でうたた寝するなまえちゃんがいて。
ガチャンもドアが閉まる音がひどく大きく聞こえた。

「なまえちゃん?」

名前を呼んでもなまえちゃんはピクリとも動かず規則的な寝息が聞こえた。

「ごめんねなまえちゃん。やっぱり俺、なまえちゃんの傍にいたいよ」

なまえちゃんの隣に座って言葉を続ける。

「生徒と先生だけど…俺はなまえちゃんの特別になりたい。けど、前みたいに隣にいられるだけで…それでもいいから」

彼女の髪に手を伸ばそうとして、あと少しのところで止める。

「俺の人生なんて背負わせないから…せめて、傍にだけでも」

バレたからクビだってことはわかってる。
なまえちゃんが退学になることも。
けど、この気持ちは嘘にはできないから。
卒業まで待つことだってできる。
今すぐ特別になれなくてもいつかなれたらいいなぁと思う。

「らしくないですね」
「え?えぇ!?なまえちゃん!?」

起き上がったなまえちゃんは呆れたようにため息をつく。

「もしかしたら、とは思いましたけどまさか本当にそうだとは思いませんでしたよ」

なまえちゃんは俺の目を見つめて、微笑んだ。

「あの日の言葉を気にしていたんですね。先生と生徒の恋愛について」
「あ、いや…」

いつものように言葉が続かない。
開いた口は言葉を紡げずにいる。

「あれは、一般論です」
「え?」
「例外なんていくらでもありますよ」

なまえちゃんはそう言って俺の名前を呼んだ。

「あの場で女の子達を黙らせるために取り繕った言葉です。本音じゃないですよ」
「て、ことは…」

俺が悩んだ意味は?
なまえちゃんに声をかけるのを我慢した意味は…?

「先生と生徒の恋愛も…気持ちが伴うなら別に構わないと私は思ってますけど。それでも、御幸さんは私を避けますか?」

なまえちゃんの言葉に首を横に振る。

「それはよかった。あんな熱烈な視線を受け続けたら穴だらけになっちゃいますよ」
「俺、そんなに見てた?」
「気づきませんでした?」

なまえちゃんはクスクスと笑った。
ずっと見たかった笑顔に、胸が音をたてた。

「私、御幸さんに期待してたんですよ」
「え?」
「御幸さんなら今までの大人とは違うんじゃないかって」

大人を嫌っていたのは知ってたけど。
俺に期待していたとは思っていなくて。
言葉を失ってしまった。

「傍にいたいって言ってくれましたよね?」
「それは、言ったけど…」
「正直…嬉しかったんですよ」

少し恥ずかしそうに呟いたなまえちゃんに俺は目を丸くして。
なまえちゃんはひどく優しい顔をしていた。

「…嘘だったとか言いませんよね?」
「言わない。言うはずないよ!!俺、なまえちゃんの傍にいたいよ」
「やっぱり告白みたいですね」

伝えたいと思ってた気持ち。
伝えてはいけないと思ってた気持ち。
伝えても…いいのか?

「…なまえちゃん…」
「なんですか?」

なまえちゃんの腕を掴んで、視線を伏せる。

「なまえちゃん…あのさ、俺…」
「はい?」

なまえちゃんに背負わせたくないって思ってる。
けど、伝えてもいいなら伝えたい。
今すぐ答えがもらえなくても…それでも、構わない。
自分の気持ちを…知っていて欲しい。


「…今すぐ、答えてなんて言わないから…」
「御幸さん?」
「言わないから、聞いて」

カッコ悪い。
いつもみたいに笑えない。
顔は熱いし、心臓が尋常じゃなく速く鼓動を刻んでいて。
なまえちゃんの腕を掴んでいる手は震えている。

「…好き」
「え?」
「俺はなまえちゃんが好き。だから傍にいたい」


なまえちゃんは目を丸くした。

「ごめん、突然…嘘ではないから」
「…嘘じゃないってことくらいわかってますよ。私に嘘はつかないって言いましたもんね」
「あ、そんなこと言ったっけ…」

あんな些細な言葉を覚えてくれているとは思っていなくて。
けど、それが凄く嬉しくて。

「まぁけど…御幸さんが私のこと好きって言わなくてもわかってましたよ。取り繕った言葉に振り回されてる時点で気付いてましたよ」
「あ、そっか…」

なまえちゃんは腕を掴んでいた俺の手にそっと手を重ねて、微笑んだ。

「私は御幸さんが離れてた時間が、すごく退屈に感じました。御幸さんが傍にいてくれたらいいなって思いました」
「なまえちゃん…」
「私でいいなら、御幸さんの傍にいたいです」

そう言ってなまえちゃんは少し恥ずかしげに目をそらした。

「ホント、に?」
「嘘は言いませんよ」
「けど、俺…先生だし…なまえちゃんは生徒だし」

なまえちゃんは呆れたようにため息をついた。

「例外なんていくらでもあるって言ったじゃないですか」
「…ホントに、いいの?」
「嫌ならいいですけど」

なまえちゃんの腕を引いて、抱き締めれば首筋に触れるなまえちゃんの吐息。

「好き、好きだよ…なまえちゃん」
「私も、好き…です」

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