03
「あれ、みょうじさん?」

学校帰り歩いていた私の耳に届いた声はもう聞きなれてしまった声で。
振り返ればニコニコと笑う彼がいた。

「こんにちは、真田さん」
「こんにちは。制服姿のみょうじさん初めて見たよ」
「高校生に見えます?」

少しふざけて言えば真田さんは首を傾げて、私をじっと見つめていつもの笑顔を見せた。

「大人っぽい高校生、かな」
「一応、高校生ですね。あれ、そういえば光くんは?」
「これからお迎え。暇なら一緒にどう?」

真田さんの言葉に私は微笑む。

「制服でよければ」
「全然いいよ」

最近、光くんと真田さんと過ごす時間が増えた。
毎日は無理でも一週間に二回は必ず光くんに会う。
もっと多いこともあるし。

夕飯を毎回ご馳走になるのは悪いと言っても真田さんはいつも用意してくれて私はそれに甘えてしまう。

「みょうじさんと二人きりって初めてだな」
「そう言われればそうですね。普段は寝てたとしても光くんがいるし」
「だろ?なんか、少し新鮮」

クスクスと笑う真田さんは凄く、カッコいい と思う。
女の人からの視線が注がれているのに真田さんは気づいていなくて。

「…真田さんって。再婚とか…考えてないんですか?」
「うわ、唐突だなー」
「すいません、気になっちゃって。答えたくないなら聞きませんよ」

真田さんはいいよ、と笑って前を見たまま口を開く。
歩調は少しだけ遅くなった。

「何度か、考えたんだよ。光のためにも母親は必要だろうって。けど、光がね…」

真田さんは苦笑しながら、言葉を続ける。

「光が、なつかないんだよ。元々あんまり人に心を開きにくかったから時間をかければって思ったんだけど…全然ダメでさ」

光くんが心を開きにくかったってところが信じられなかった。
私には私が戸惑うくらいになついていたし…

「みょうじさんは特別なんだよ。前にも言ったけど光があんなに楽しそうなのは初めてだし。まず、光がなついたのはみょうじさんが初めて」
「…そう、だったんですか。なんか、意外です」
「みょうじさんから見たら、そうかもね。まぁ…そういうわけで再婚は 出来てない。それに、今はみょうじさんと光といるのが楽しいから」

満面の笑みで言った真田さんにドキッと心臓が高鳴る。
この人…これを素でやってるからタチが悪い。





「光」
「パパっ!!」

幼稚園に行けば、ニコニコと優しい笑みを浮かべる先生がいて。
私には絶対にできないなと思いながらそれを見つめる。

「光くんのお父さん。こんにちは」
「こんにちは。いつも光がお世話になってます 」

定型的な挨拶を交わす2人を見ていればスカート引っ張られて。
視線を下に向ければじっとこちらを見上げる光くんがいた。

「なまえ姉ちゃん!!」
「こんにちは」

しゃがんで光くんの視線に合わせればすごい勢いで抱きついてきて。

「なまえ姉ちゃんもお迎え、来てくれたの!?」
「うん。嫌だった?」
「嫌じゃない!!嬉しい!!」

ぎゅうぎゅうと私を抱き締める光くんの頭を撫でれば、上から視線を感じて。
ちらっと上を見れば目を丸くする幼稚園の先生。


「光くんにお姉さん…いたんですか?」
「あぁ…この子は本当の姉じゃないですよ。ただ、光が凄くなついてて」
「そう、なんですか…。こんなに嬉しそうな光くん初めて見ましたよ」

真田さんが言ってたこと、本当だったんだ。

「お名前、聞いてもいいですか?」
「みょうじなまえです」
「みょうじさんね。光くんをお願いね」

にこりと優しい笑顔を見せた幼稚園の先生。
それに笑顔返して光くんの方を見る。

「光くんの先生?」
「うんっ」
「そっか。優しそうな人だね」

優しいよ、と光くんは答えて私の左手に光くんの右手を繋ぐ。

「なまえ姉ちゃん、今日は来てくれる?」
「んー、真田さん次第かな。私は平気だよ」
「パパ!!なまえ姉ちゃん、来てもいいっ!?」

繋いだ腕を上下に揺らしながら言った光くんに真田さんは酷く優しく微笑んだ。

「いいよ。じゃあそろそろ帰ろうか」
「うん。姉ちゃん帰ろ」
「うん、帰ろうか」


光くんは右手を私と、左手を真田さんと繋いでどこか楽しそうに鼻歌を歌いながら上機嫌に歩く。

「光、楽しそうだな」
「うんっ!!僕ね、ママがいたらこんな風にパパとママと一緒に帰ってみたかったんだ」
「え…」

私と真田さんは顔を見合わせて。

「パパと2人で帰るの、楽しいよ。僕ねパパのこと大好きだから」
「光…」
「けどね、なまえ姉ちゃんと一緒にいるとね…ママがいたらこんな感じなのかなって」

ちょっとだけ悲しそうな顔をした光くんに真田さんは眉を下げて。

「光は…ママが欲しい?」

真田さんの言葉は少しだけ震えていた。

「なまえ姉ちゃんがママだったらいいなって思う!!けど、他のママはいらない」
「みょうじさん…?」
「うんっ!!パパと光となまえ姉ちゃんで、ずっといられたらいいなって」

真田さんは目を丸くして、こっちを見た。

「なまえ姉ちゃんは…ママになれない?」
「…え、あ…」

私が母親になる?
そんなの…あり得ない。
だって私は高校生で…
それに、なにより…


「光くん」

足を止めて光くんの目線に合わせてしゃがむ。

「私は光くんのお母さんにはなれないよ」
「どうして?僕とパパのこと嫌い?」
「ううん。好きだよ」

光くんの髪を撫でて微笑んだ。
けど、光くんは泣きそうな顔で。

「私は強くない。私はお母さんになれるほど強くないよ」
「ママは強いの?」
「うん。強くてカッコいい。私は…光くんを守ってあげられるほど強くはない。今みたいに一緒にいてあげることはできるけど…」

光くんは泣きそうな瞳で私を見て首を傾げた。

「パパは強くないの?僕のパパは強くてカッコいいよ?」
「光くんのお父さんは強くてカッコいいよ」
「パパもママも強くてカッコいい人なの?」

光くんの言葉に私は一度口を閉ざして、光くんの髪を撫でて。

「多分…いや、きっとそうなんだと思う」
「そっか…」
「うん、ごめんね」

光くんは少しだけ顔を俯かせた私の髪を馴れない手で撫でる。

「なまえ姉ちゃんがいるなら、僕はそれでいいよ。姉ちゃんとパパといられたらそれでいいよ。だから、だから…」
「いなくならないよ。私も光くんのお父さんも。ね?」
「うんっ」

真田さんの方に視線を向ければ不安そうに私を見ていて、私は小さく笑った。

「帰りましょう?」
「あ、あぁ…帰るか」
「うんっ」

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