06
どうして、こんな状況になってるんだろう。

目の前で目を伏せて肩を震わせる男の子。
名前は知らないけど、確か隣のクラスの…サッカー部の子。

「あ、あのっ」

真っ赤に染まった顔がこちらに向けられた。

「俺、あの…みょうじのこと好きで…。だから、あの…付き合ってください!!」

頭を下げた彼。
何故か一瞬、頭のなかに真田さんの笑顔が浮かんで。

「ご、ごめん…なさい」
「やっぱり…ダメ?」
「うん。…君が嫌いとかそういうんじゃないんだけど…」


彼から視線を反らせば彼はやっぱりそうかーと肩を落とす。

「あ、の…ごめん」
「いいよ。なんとなく、わかってた。ダメもとで言ったし」

彼は少し悲しそうに笑った。

「なんで、私…だったの?綺麗な子も可愛い子も他にたくさんいる」
「みょうじは綺麗だよ」

彼の言葉に真田さんの言葉が重なる。
みょうじさん綺麗なんだから。

「綺麗…じゃないと思うけど」
「そんなことないよ。綺麗で美人っつーの?気配りとかスゲェできるし。それに、何より…」

彼は言葉を一度切ってじつと私を見た。

「何より…最近、スゲェ優しい顔するようになった」
「え?」
「綾瀬ってさ、大人っぽくてなんか少し近づいちゃいけない雰囲気あって。高嶺の花って感じ。けど最近スゲェ優しい顔して笑うようになった」


優しい顔して笑うって…初めて言われた。
何か変えたこともないし、変わったことも…
光くんと真田さんに出会ったことぐらいだし。

「携帯見てるときが一番、優しい顔してる」
「携帯…?」
「おう。だから、他に好きな人いるんだろうな、とは思ってた。けど、伝えないで後悔はしたくねぇから」

彼はニコニコと笑う。
その笑顔が真田さんと重なって。
あれ、と首を傾げる。

なんで、真田さんのことが浮かんでるんだろう。
私に好きな人なんかいないはずで…
けど、携帯って光くんか真田さんとしか連絡とってないし。

「ありがとな、聞いてくれて」
「ううん。私を好きになってくれてありがとう」
「あのさっ友達!!…友達には、なってくれるか?」

どこか不安そうに尋ねたら彼に微笑んで頷いた。

「友達として、よろしくね」
「おうっ!!幸せになれよ。ダメだったら…とか言わねぇ方がいいかもしれねぇけど。その時は俺のとこにくればいいから」

彼はそれだけ言って走り去っていく。
その後ろ姿を見送って、私はその場にしゃがみこむ。

好きという言葉に驚いたわけじゃない。
頭から離れない真田さんの笑顔に戸惑っている。
私に好きな人がいると言った彼の言葉に戸惑っている。

携帯を見て優しい顔をして、そして浮かんでくる真田さんの笑顔。

「私は…真田さんのことが、好き?」

確かめるように呟いた言葉は案外ストンと心に収まって。

そっか…真田さんのことが…好きだったんだ。

だから、母さんのことを話せたんだ。
だって、今まで年上の大人なんてたくさんいたのに母さんのこと話したのも誰かの前で泣いたのも…真田さんだけだ。

真田さん、だから…

「全然、気づかなかった…」

立ち上がってスカートを叩く。

けど、気づいたところでどうにもできやしない。
私は高校生で、真田さんは大人で光くんもいる。
私は母親になれる強さは持ってない。
想いを伝える資格は…ない。

幸せになってって言ってくれたけど…ごめんね。
さっきの男の子に内心謝って。





みょうじさんが好き。
この想いに偽りは欠片もないけど、簡単に伝えられることじゃない。

光がいるから。
光のせいにしたいわけじゃない。
光もみょうじさんが好きだと言ったから。
みょうじさんがいいと言ったから。

けど、彼女は高校生で…

彼女の卒業まで待つこともできる。
けど、それまでに他の恋人ができたらと考えるとそれも嫌で。

想いを伝えて、フラれたら彼女は家には来なくなるだろう。
みょうじさんが家に来なくなれば光の笑顔もきっと減って。
けど、フラれない保証もないし伝えないという選択肢も存在しないに等しい。

「どうすっかなぁ…」

こんなに悩むのは初めてだ。
恋愛なんてあんまり経験はないし。
高校時代は専ら野球。
亡くなった妻も告白は向こうからで、最初の恋人だった。
亡くなってから付き合った人達も皆向こうから。

相談できる人も周りにはいないし…
俺はため息をついて、携帯を開く。

『今日は来れる?』

いつものようにメールを送れば、『迷惑じゃなければお邪魔します』といつも通りの彼女の返信がすぐに帰ってきて頬が緩む。

『待ってる』とメールを送って携帯を閉じて、机に額をのせて小さく息を吐いた。

いつもより鼓動が速くて、いつもより顔が熱くて。
今まで普通にしていたことに凄く緊張する。

「これは…末期だな」

俺の言葉は誰かに届くこともなく消えていった。

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