08
光は嬉しそうにみょうじさんの家に泊まったことを話す。
お弁当も凄くおいしかったと。

それを聞きながら俺は繋がらない携帯を見つめる。

幻滅しました、その言葉が胸に突き刺さって。
光の本音に気づけずにいる?俺が?

手を繋ぐ光に視線を向ける。

「昨日…みょうじさんとどんな話した?」
「お弁当のおかずの話と幼稚園の話と」

指折り数えながら呟く光が動きを止める。

「光?」
「それとね…それと…なまえ姉ちゃん泣いてた」

泣いてた?
みょうじさんが?

「僕のことぎゅってして、ごめんねって」

昨日の彼女の言葉がまた聞こえた気がした。
俺せいで泣いてたんだ。

光の本音に気づけずにいる…俺が?
家に帰りたくないって言った光。
俺は1度も聞いたことない。

「なまえ姉ちゃんね、寂しかったんだと思う」
「え?」
「僕もね、パパがえんかいで寂しかったよ?けどね、お姉ちゃんはもっともっと寂しいんだと思う…」

繋いでいた手をぎゅっと握る光。
ほんの少しだけ光の本音の含まれた言葉。
寂しかったなんて、光は初めて言った。
綾瀬さんも寂しいって…

「寂しいって…思ってたのか?光」
「え?あ、うん…えんかい…嫌い」

俺が気づけなかったのは…きっとこの嫌いって感情。
みょうじさんは光の嫌いに気づいて、俺が気づいていないことに気づいた。

「ごめんな、気づいてやれなくて」
「僕は平気だよ!!パパがいないときはなまえ姉ちゃんがいてくれるから!!僕がひとりぼっちにはならないからっ。けど…」
「けど?」

光は泣きそうな顔をして顔を俯ける。

「なまえ姉ちゃんは…」

言葉はそこで途切れた。
きっと言えなかったんだろう。

みょうじさんはもう両親はいない。
親族も、いないだろう。
俺と光といるとき以外は…ひとりなのか?

「パパ…」
「ん?」
「僕ね、なまえ姉ちゃんとずっと一緒にいたいよ。ママになってくれなくてもそれでも…僕はお姉ちゃんがいい。…我儘、かな?」

我儘なんて言ったことのない光の小さくて、でも大きな我儘。
でもそれは俺の願いでもある。
みょうじさんがずっと隣にいてくれたらって…思ってる。
できることなら付き合って、家族になれたらって。
我儘なのはきっと光よりも俺で。
けど、妥協なんてしたくない。


「俺もみょうじさんがいい」
「え?」
「みょうじさんと俺と光。3人でずっと一緒にいたい。我儘だろ?」

光は目を丸くしてすぐにキラキラと目を輝かせた。

「僕と一緒だっ」
「だな」

けど、そのためにはまず…
返信も来なくて、電話にも出ない彼女に会わなければならない。

もう一度鳴らした携帯。
響くのはやはり無機質な電子音だった。





机の上で震える携帯をぼんやりと見つめる。

「出ないの?」

この間告白してきた彼が前の席に座って首を傾げた。

「…うん」
「喧嘩でもした?」

着信が止まって、画面に映し出された不在着信は二桁を越えた。

「喧嘩はしてないよ。ただ、私が一方的にひどいこと言っただけ」
「それで、気まずいのか」
「うん」

言葉にしないと伝わらない。
そんなことよくわかってるのに、光くんの本音に気づけずにいた真田さんに母親か重なって吐き出した言葉はひどく冷たくて。
いや、違う。
そう、思いたいだけで…ただ、真田さんの彼女という言葉に傷ついただけ。

「理不尽な…逆ギレ…した」
「んー…もしそうだとしてもさ…」

彼は机の上の携帯を指差す。
それはまた震えだして、新着メールを知らせる。

「相手にも少なからずなにか思い当たることがあるからこうやって連絡してくれてんじゃねぇの?」
「それは…」
「もし、相手に思い当たることがなかったとしてもみょうじを気にしてるからこうやって何度も連絡してる」

二桁を越えた不在着信と、二桁を越えそうな新着メール。

「出てやれば?」
「…うん」
「みょうじもそんな風に悩むんだな」

彼はニコニコと笑って、それに真田さんが重なる。

「悩むよ、普通に」
「みょうじも俺らと一緒っていうのになんか安心した」

彼は頑張れよ、と笑って席を立つ。
それと同じタイミングで震えた携帯。
通話ボタンを勝手に押して彼はこちらに携帯を差し出してきた。

「なんで、勝手に!?」
「好きになったやつには幸せになって欲しいだろ?背中くらい押してやるよ」
「あり、がと…」

彼は笑って、離れていく。
携帯からきこえるのはもう聞き慣れたら彼の声。

『みょうじさん?あれ、繋がってねぇ?』
「あ、の…繋がってます」
『みょうじさん!!大丈夫!?』

え?と少し間抜けな声が出た。

『電話も出ないし、メール返事ないし…心配した』
「あ、の…ごめん…なさい」
『体調悪いとかじゃない?』

彼の問いかけにはい、と答えればよかったと優しい声が聞こえた。

『みょうじさんに話したいことあって。明後日光は友達の所にお泊まりらしくてさ…。一緒に夕飯、食べに行かない?』
「あ、えっと…はい」
『断られなくてよかった』

それじゃあ、明後日。
詳しくはメールするよと言って電話が切れる。

…話したい、こと…?

私は携帯を握りしめたまま首を傾げた。

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