09
指定された場所に私服で向かえばもうそこには真田さんがいた。

「お待たせしましたか?」
「平気だよ」

真田さんはにこりと笑った。

「大人っぽく、とは言ったけど高校生にはどうやっても見えないな」
「化粧もしてますから」
「やっぱり、綺麗だな。みょうじさんは」

真田さんはそう言って、行こうと歩き出す。
さらっとそういうことを言われると反応に困ってしまって。
真田さんはそれを見て笑って、私の手を取る。

「ほら、早く」
「あ、の!!真田さんっ!?」

歩調を真田さんが揃えてくれて、でも繋がれた手が離されることはなくぎゅっとほんの少しだけ力が入った。

その手を振り払うことも出来なくて、少しだけ熱い顔を隠すように顔を伏せた。

手を引かれて連れていかれたお店は私が入ったこともないようなお洒落なお店。

「あの…」
「ここ、凄く美味しいんだよ」

真田さんはにこりと笑って、慣れたようにお店のなかに入っていく。


「凄く高そうなんですけど…」
「俺が払うから気にしなくていいよ」
「いや、けど…」

いいから、と真田さんは言ってコースメニューを注文する。

「緊張してる?」
「そりゃしますよ。こんなところ入ったこともないですし…」
「そんなに緊張しなくても平気だよ。マナーとかそういうのは気にならないように個室にしたんだきし」

確かにここは個室。
周りからの目は確かにないけど緊張することに変わりはない。


料理が運ばれ始めて、段々と私の緊張も解れてきた。
メインディッシュが運ばれてきたころにはいつも通り話せるようになっていた。

「あ、の…」
「どうした?」

ご飯を食べるのに夢中でつい忘れていた。

「ごめん、なさい」
「え?」

真田さんは目を丸くする。
「この間…ひどいこと言って…すみません」
「ひどいこと?あぁ…幻滅しましたってやつ?」
「…はい」

ナイフとフォークを置いて顔を伏せる。
そんな私の頭を撫でた大きな手。

「え…」
「怒ってないよ。みょうじさんが言ったこと間違ってなかったから。光の本音に気づかなかったのは紛れもない事実だから」
「けど…」
「みょうじさんは優しいから。光の気持ちに寄り添ってくれたから俺に怒った。確かにショックは受けたけど自業自得だろ?」

真田さんはそう言って微笑んだ。
いつもと変わらない優しい笑顔。

「寂しいって思ってた光の気持ちに気づいて、傍にいてくれたこと本当に感謝してる。光の気持ちを気づかせてくれたことも…感謝してる。ありがとう」
「え、あのっ!!私は感謝されるようなことしてないです」

ただ嫉妬して吐き出した冷たい言葉。
感謝される謂れなんてなくて。
けど真田さんがひどく優しく微笑みかけるから何も言えなくなった。

「あ、のさ…みょうじさんに聞いてほしい話があって」
「電話で言ってた話、ですか?」
「そう。聞いてくれる?」

真田さんの問いかけに私は頷く。

「…真面目な話、なんだけど」
「はい?」
「俺と、結婚を前提に付き合って欲しい」

真田さんの言葉に私は動きを 止める。

え?結婚を前提に…付き合う…?

真田さんは少しだけ頬を赤く染めて、恥ずかしそうに私を見つめた。

「あ、あの…え?は…?」
「みょうじさんのことが好き。だから、結婚を前提に付き合って欲しい」

真田さんが私を好き?
じゃあ電話に出た彼女、は?

「…宴会のとき電話に出たのは元カノだよ。光が受け入れなかった人のひとり。だから、俺の今の言葉は嘘じゃない」
「あ、の。気持ちは嬉しいです。私、も…真田さん、が好き…です」
「え、本当!?」

嬉しそうな顔をした真田さんに私は首を縦に振って。

「けど…私は…」
「みょうじさん?」

私はまだ高校生で。
母親になれるほど強くない。
真田さんも光くんも好きだけど…

「私は…母親には、なれません」
「強くない、から?」
「…はい」

私の言葉に真田さんは笑って。

「俺がいる。一人で全部背負うわけじゃないよ」
「え?」
「みょうじさんが足りないって思うところは俺が補うから。一人で強くなる必要はない」

真田さんは私の左手をとって、薬指にキスを落として。

「絶対に幸せにする。みょうじさんも光も大切にする。だから、俺と…結婚を前提に付き合ってください」
「私は高校生で、きっといい母親にはなれないだろうし…。迷惑も沢山かけると思います」

真田さんは静かに私の言葉を聞いてくれた。
繋がれた左手は凄く暖かくて。

「それでも…いいと言ってくれるなら…私は真田さんと光くんの傍にずっといたいです」
「…うん。みょうじさんが傍にいてくれるなら…どんなことでも受け入れるよ。…凄く嬉しい」

真田さんはそう言って笑って、光に報告しないとと呟いた。

「あ、あの…光くんは私なんかでいいんですか?」
「一番最初にいい始めたのは光だから。きっと大丈夫。ね?」
「は、はい」

こんな風に、付き合えるとは思っていなくて。
顔は熱いし、心臓は速く鼓動を刻んで。
でも、嬉しそうに真田さんが笑うから私も微笑んでしまう。

「…真田さんが、私を好きになってくれるとは思いませんでした」
「それは俺の台詞。あ、みょうじさんも真田になるんだから名前で呼んでよ」
「え?」
「俺もなまえって呼ぶから」

結婚を前提にって言ってたから…
苗字も変わるんだ…

「し、俊平…さん」
「あれ、さん付け?…まぁ今はそれでいっか。改めてよろしく、なまえ」
「はい」

始めて呼ばれた名前に、胸が跳ねて。
嬉しいと恥ずかしいが入り交じる。

けど、何よりもこれからも近くにいられることが嬉しかった。

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