03
彼女と出会って3日目。

太陽が真上に上がる少し前、彼女がやって来た。

「こんにちは、暁君」
「こんにちは」

口には相変わらずあの飴がくわえられていた。

「ちょっと遅くなっちゃった」
「時間…決めてるわけじゃないから、平気」
「そう?なら、いいんだけど」

長い金髪をゴムで結わいて、やろっかと笑いながら言う。

「うん」
「キャッチボールとどっちがいい?」
「…キャッチボール」

わかった、と言って鞄から出てきたグローブ。

「捕手なのに、持ってるんだね」
「え?あぁ…キャッチボールがしたくて昔買ったの。けど、捕手になってほとんど使ってなかった」
「使ってないのに…旅行には持ってくるんだ」

僕の言葉になまえは優しく笑う。

「こういうこと、あるかもしれないでしょ?」
「え?僕と会うことわかってたの?」
「冗談だよ。たださ…手放せないだけなの。お守りみたいな感じかな」

ガリッと飴を噛み砕いた悠が地面に落ちてたボールを拾ってこちらに投げた。

「あ…」

それは、グローブに当たり地面に落ちる。

「本当に苦手なんだね。よし、少しずつできるようになろっか」
「うん」

苦手な僕でも捕れるように軌道のわかりやすいボールをなまえが投げる。

「なまえってどうして捕手になろうと思ったの?」
「あたしね、年の離れた兄がいるの」
「お兄さん?」

うん、と頷いてキャッチボールをしながらなまえが言葉を続けた。

「優れた投手だったけど、捕手に恵まれなかった」
「え?それ…」
「暁君とよく似た境遇だった。一人で壁にボールを投げてる兄を見て、自分が捕ればいいんだって幼かったあたしは考えてさ…」

なまえは懐かしむように目を細めて微笑む。

「怪我するって言われても聞かないで練習して…ボールを捕れるようになったんだけどね。その頃は性別とか全く考えてなくてさ〜。兄が相棒を見つけたとき…今度はあたしが一人になってた」
「後悔…してるの?」
「その頃は少しだけ。けど、今はしてないよ」

楽しそうに笑って、僕の名前を呼んだ。

「なに?」
「あたしね、暁君に出会えたから…後悔してない」
「え…」

優しく、酷く優しく微笑んだ彼女に胸がドキリと高鳴った。

「暁君のボールを捕れるのが嬉しいよ。それに、あたしが捕手じゃなかったら出会えてすらいないでしょ?だから…捕手でよかった」
「っ!!なまえって…恥ずかしいことさらっと言うよね」
「思ったことを言ってるだけなんだけどなー」

心臓がドキドキと速く鼓動を打つ。
顔が熱くなるのは、なまえのせい?

「ホントにね、運命だと思うんだよ」
「運命…」
「だって東京と北海道って遠く離れた地なのに捕手を求めた投手と投手を求めた捕手が出会うわけだよ?運命以外に何があると思う?」

そう言って、笑うなまえ。

「ロマンチスト?」
「え、そんなことないと思うけど…」
「けど…僕も運命だったら嬉しい…かもしれない」

僕の言葉になまえはまた嬉しそうに笑った。

「でしょ?」
「うん」

誰かと野球をすることがこんなに楽しいなんて知らなかった。
キャッチボールしてるだけなのに、こんなに楽しいと思ってるのはきっとなまえだからなんだろうな…

「そろそろ、投げたい」
「いいよ。好きなところ投げて」

ミットを構えた彼女はそう言ってニヤリと笑う。
ボールを捕るときだけに見せるその表情が、好きだと思った。
普段の笑顔も好きだけど…

あれ、好き?
僕は…なまえのことが好き?

頭に浮かんだ疑問には答えが見つからない。
けど、好きという言葉以上に今の僕の気持ちを表すのにふさわしい言葉が見つからない。

僕は、なまえのことが好きなのかもしれない。

「暁君、早くー」
「あ、うん。投げる」

けど、僕はなまえが笑っているのが見れるなら、僕の球を捕ってくれるなら本当の気持ちなんて知らなくてもいいと思った。

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