04
朝、起きてみれば雨が降っていた。

「暁君…今日はいないかな…?」

窓の外を見ながら呟いてから服を着替える。

「いないわけ、ないか」
彼は野球…好きだもんね。

「いってきまーす」

いってらっしゃいという返事を聞きながら雨のなかいつもの場所に向かう。

北海道に来てから毎日彼のもとに通っているのは彼が投手だからという理由じゃない。
初めて見たときに心を奪われたのだろう。

「一目惚れってやつだよねー」
口にはくわえた飴をコロコロと転がしながら歩いていれば、あの場所が見えてきた。
そして、いつもと同じようにそこにいる彼。

「暁君」
「え?なまえ…?」

驚いている彼に駆け寄っておはよう、と言えば少しだけ微笑んでおはようと返してくれた。

「今日は来ないと思った」
「暁君がいる気がしたから、来ちゃった」

高架下のここは雨が当たらない。
傘を閉じて彼に微笑む。

「やっぱりいたね」
「…少し、悩んだけど。行きたかったから…」

まだ雨が弱いから、練習できそうだ。
高架下とはいえ雨が強くなったら、地面がぬかるんで怪我の危険性が増える。

「雨が強くなったらやめた方がいいかな」
「…わかった」

少しだけ不服そうな顔をした彼はいつもより幼く見える。

「ほら、やろ?」
「うん」

すぐにキラキラと嬉しそうな瞳になった。
この瞳が好きだなー…







雨が強くなって、練習をやめた。

「もう少し…やりたかった」
「怪我したら嫌だし…明日もあるからね」
「うん…」

傘を開いて雨の下に出て、彼を振り返る。

「ねぇ、折角だしどこかのお店入って話さない?」
「え?」
「別れるにはまだ、早すぎるなーって」

暁君は少し言葉を詰まらせて、行きたいと答えてくれた。

近くのファミレスに入って適当に頼んで、ジュースを一口飲む。

「あんまりこういう所、来ないの?」
そわそわとする彼にそう尋ねれば、コクりと頭を縦に降った。

「ずっと野球やってたから…」
「本当に好きなんだね」
「うん」

これだけ野球を好きという気持ちがあって、人を圧倒できる力があるのに捕手に恵まれないという理由で試合に出れないなんて…
あたしと違って彼には可能性がある。

「高校でいい捕手に出会えるといいね」
「…うん。けど、僕はなまえがいい」
「あたし女だからねー男だったら迷わず暁君を選んだんだけど」

悲しそうな、残念そうな顔をした彼に苦笑する。

「暁君がさ、いい捕手と出会ってバッテリーになったとしても…最初のバッテリーはあたしだってことにしておいてくれたら嬉しいな」
「うん。なまえは僕の最初のバッテリーで…きっと最高のバッテリーだと思う」

暁君の言葉に目を見開いてから笑う。

「なんで笑ってるの?」
「いや、つい。そっか、あたしが最高のバッテリーかぁ」
「嫌…?」

首傾げた彼に首を横に振った。

「嬉しいよ」
「え?」
「すごく嬉しい。最高のバッテリー…相棒ってことだよね」

コクりと頷いた彼に微笑む。

「ずっと欲しかったから。暁君に出会えてよかった」
「僕も…」

やっぱり、この出会いは運命だ。
けど、この日々の終わりは確かに近づいている。

「あ、暁君少し照れてる?」

あたしの問いかけに彼は目をそらして口を閉じた。

「あー、わざと無視してるでしょ?」
「うるさい」
「ひどいなー」

終わりが近づいているとわかっていても、愛しいという想いは募るばかりだ。
少し頬の染まった彼に微笑んで名前を呼んだ。

「…何?」
「明日…晴れたらいいね」
「うん」

素直に頷いて笑った彼。
やっぱり野球の話をしてるときが一番愛しいと思う。

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