04
俺には幼馴染みがいた。ひとつ年上のよく笑う男みたいな女。
短い髪が動き回る度に風に揺れて。
姉のようで兄のようで。
いつだってそばにいて親よりも信頼していた。
けど、俺たちの関係は俺の過ちが壊して。
昔のように話すことも、名前を呼ぶことさえも躊躇わせた。
「なんで、いんだよ」
頬杖をついてぼんやりと外を眺める。
真っ青な晴天に雪がちらついた。
会いたくなかったわけじゃない。
何度も会いたいと、謝りたいと思っていた。
けど、彼女を見て思った。
声をかけてはいけないのだと、頭のなかに警報がなった。
彼女を見てから雪がやまない。
「おーい、倉持?大丈夫か?」
珍しく御幸も本気で俺を心配し始めた。
プレーに支障は出ていない。
ただ日常生活に支障は出ていた。
「倉持?くーら、もち!!」
「うるせぇ」
「うるせぇじゃなくて。亮さん来てる」
御幸の指差す先にいたのは俺の慕っている先輩で。
重い体を動かしてそちらに歩いていく。
「お前もフラフラしてる」
「そうっすか?少し眠いからですかね」
別に眠い訳じゃないけど。
適当にそう言えば亮さんは眉を寄せた。
「…今日は、雪が降ってる?」
「あぁ…降ってます…え?」
彼の問いかけに答えて俺は目を瞬かせた。
「今は春だよ。それに晴天」
窓の外。
確かに真っ青な空だ。
けど、どうしてもちらつくのはあの日の雪。
「みょうじなまえ。知り合いだよね?」
「いえ…知らな「みょうじも雪が降ってるって」……そう、ですか…」
俺は視線を逸らして、眉を寄せた。
「知り合いじゃないとは言わせないけど。知り合いだよね?」
「あの、亮さん。アイツの髪は…いつから長いんすか?」
「え?入学したときは肩ぐらいでそれからずっと伸ばしてるけど」
似合わねぇよなんて言ったら昔みたいにうるさいって頭の叩かれるかもしれない。
昔当たり前に合った光景が頭の中を流れて、顔を伏せた。
「倉持?」
「…すんません。便所行ってきます」
彼女の長く伸ばした髪は俺の過ちの証明だ。
何度も夢に見た。
ふとしたときに思い出した。
降りだした雪が赤く染まって。
「あー、畜生…やっぱり雪だ」
雪が止んでくれない。
▽
バイトが珍しく休みになった。
放課後の教室。
ぼんやりと窓の外を眺めながらため息をついた。
長い髪がうざったくて鞄のなかに入れていたゴムで緩く結わいた。
小湊におかしいと言われた。
雪は降っていないと、お前は最近フラフラしているとそう言われた。
そして、彼も雪が降っていると言ったとそう言われた。
私達が知り合いだということは既にバレてしまったようだ。
彼は勘が鋭い。
きっと野球部に足を運んだあの日に、私と彼が知り合いだと気付いていたんだろう。
「どこで、間違えたんだろうね。よーちゃん」
あの日、君を迎えに行かなければ。
あの日、話をしなければ。
あの日、雪が降っていなければ。
私はまだ幼馴染みでいられただろうか。
彼はよく笑っていた。
野球が好きだと目を輝かせていうから、私も野球の勉強をした。
彼は自分の正しいことを貫く人だった。
その真っ直ぐさが私は気に入っていた。
けれど、それが彼に敵を作ったのだろう。
「みょうじさん!!」
ドアが開いて入ってきたのは御幸くんだった。
「御幸くん?どうしたの?」
「思い出しました。みょうじさんをどこで見たのか」
ユニホームの彼は肩で息をしながら私の目をじっと見つめた。
「俺がみょうじさんを見たのは。倉持の生徒手帳に入ってた写真です」
「え?」
私は目を瞬かせて、首を傾げた。
「入学してすぐ。部室にアイツの生徒手帳が落ちていて。みょうじさんの写真が入ってました。髪が短くて、倉持と2人で写ってるやつ」
「…そっか」
昔の写真。
あの日より前の、写真。
「あんなに仲良さそうに写ってたのに。どうして今はお互いに逃げてるんですか?」
「御幸くんは思いの外お節介な子だね」
「え?」
結わいていた髪を下ろして、鞄を持って彼の方に歩いていく。
「みょうじさん…」
「雪がやまないんだ。視界の端に雪がちらつく。あの日の初雪。」
私は微笑んで、彼の横を通りすぎた。
「みょうじさん!!」
「雪がやんだら…また、昔みたいに笑いあえるかな?」
そうだったらいいなぁって呟いて、暖かい廊下を歩いた。
心もやっぱり、雪が降っているみたいで少し寒かった。
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