05
忘れもしない。
あの日、俺は過ちを犯した。

首筋を赤色が伝って。
その赤色に彼女が触れて。
指も赤色に染まって、そこに落ちた白が赤に飲み込まれる。

「あー…最悪だ」

また、同じ夢を見た。
忘れもしないあの日の夢。
ずきずきと頭が痛んで。

折角の部活のオフなのに最悪だ。

起こした体をまたベッドに沈めて目を閉じる。
腕で目を隠して吐き出した息。

同室の先輩はもう出掛けたのだろう。
珍しく静寂に包まれた部屋。

「よーちゃん、ごめんね」

彼女の声が聞こえた、気がした。

あの人の隣は居心地が良かった。
笑った顔が俺の名前を呼ぶ声が走り回ってる姿が…。

痛む頭を我慢してノロノロと起き上がる。
適当な私服に着替えて、いくらかのお金を財布にいれて寮を出た。

電車に揺られながら、段々と見覚えのある景色が流れてくる。
そしてまたちらつき出した雪。

家の近くの駅で降りて、慣れた道を歩く。
見慣れた家々の中に知らない家が紛れ込んで。

もしかしたら、と思ったけどそこにはちゃんとあった。
沢山の思い出が詰まったあの公園が。

ずきずきと痛む頭。
それが警報みたいに聞こえた。

公園の中には小学生がたくさんいた。
それを眺めながらあのベンチに座ってぼんやりとフェンスの方を眺めた。

「寒くないの?」
「寒くねぇ」
「帰らないの?」
「帰らねぇ」

彼女が困ったように眉を寄せた。

「よーちゃんのお母さん、ご飯作って待ってたよ」
「知らねぇよ」
「…ねぇ、よーちゃん。帰ろうよ」

何度も繰り返した夢を思い出して。
頭を抱えて目を閉じた。

「ヒャハッだっせぇ…」

あの時、君の手を握っていれば。
あの時、君と帰っていれば。
あの時、雪が降りださなければ。

何度も繰り返したたらればはなんの意味もなく。
たった一人の人間に振り回される俺は滑稽かもしれない。

「洋一くん?」

どこか聞きなれた声。
顔をあげればあの人の母親がフェンスの向こうに立っていた。

「今日は、部活はお休みなの?」
「はい。だから、ちょっだけ帰って来たんすけど」
「そうなの?なまえはいないけど。よければおいで」

よく似た笑い方をする。
俺は断るのもあれで公園から出て隣に並んだ。

「大きくなったわね」
「そうっすか?」
「そうよ。けど、少し疲れてる?」

顔色が悪いとおばさんは言って、困ったように眉を寄せた。

「部活忙しくて」
「そう。なまえもね、帰ってくると疲れた顔してるのよ」
「え?」

アイツの家に入って、リビングの椅子に腰かける。

「長い髪が鬱陶しいって」
「髪…」
「そう言えば見たことなかったわね」

アルバムを持ってきたおばさんはほら、と指差したのは青道の制服に身を包んだ彼女。
髪は肩のあたりで、今よりは短い。

「どうして伸ばしてるんですか?昔は…」
「責任を感じさせないためって」
「は?」

おばさんは微笑んで、もう一度口を開く。

「洋一くんのため、でしょ?」
「俺…?」
「あの傷跡、あの子は階段から落ちたって言ってたけど。あのとき洋一くんを迎えに行くためにわざわざ家を出たの。次の日から2人とも様子が変だったから」

何を言えば言いかわからなくて。
一番始めに言葉になったのは謝罪だった。

「すみませんでした。俺が…アイツの…」
「私は別に気にしてないのよ。責めるつもりもない。ただ、そうね。また2人で笑い合ってくれれば私はそれでいいわよ」

同じ学校なんでしょ?とおばさんは悪戯をした子供みたいに笑った。

「全部…知ってたんすか?」
「親に隠し事なんて出来ないわよ」

俺の罪の証明は、彼女の優しさだった。
いつだってアイツは俺に無償の優しさをくれて。

「…アイツは、怒ってなかったっすか?」
「なまえ?怒ってないわよ。怒ってたら、きっと一発殴られてるでしょ?」

アルバムの中。
過去の俺達が写ってた。
俺の試合の応援に来てるアイツとか、一緒に野球してるところとか。
春も夏も秋も。冬だって。
アイツと俺は一緒に写って、馬鹿みたいに笑っていた。

「あの」
「なぁに?」
「責任は…取ります。アイツに傷跡を残した」


俺の言葉におばさんは目を丸くして、でもすぐにアイツによく似た笑顔で笑った。

「責任なんて、とらなくていいわよ。貴方がやりたいようにすればいい。昔みたいな幼馴染みでも。先輩後輩でも、友達でも。笑い合うことができるなら」
「俺が…アイツの隣にいたいんです。今は…幼馴染みにもなれてねぇけど。それでも、本当に」

おばさんはやっぱり優しい顔して微笑む。

「じゃあ、楽しみにしてるわ。なまえをくださいって洋一くんが来るの」
「…まぁ…当分無理なんすけどね」

頑張って、なんておばさんは楽しげに言った。

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