09
学校に行けば小湊が私の机の前に立っていた。鞄を置いて首を傾げる。
「小湊?どうしたの?」
「倉持から聞いた。お前らに何があったか」
真っ直ぐと見つめる目には多少の怒りが含まれているように思えた。
「…ねぇ、みょうじ。お前は優しい人なんて柄じゃないよね」
「そうだね」
「無償の優しさなんて、お前は持ち合わせてないよね」
何を言いたいのか、なんとなくわかってしまった。
「うん。そんなもの、持ってない」
「倉持はお前は優しい奴だって言ってた。困ってる人には誰にだって手を差し伸べるって。…騙すなんて酷いお姉さんだね、なまえ姉?」
「……騙したかった訳じゃない」
私は椅子に腰かけて頬杖をついて、窓の外を見つめる。
晴天に降る雪。
「好きな人の前でくらい、いい子でいたいなんて…みんな持ち合わせた感情でしょ」
「柄じゃないけどね」
「余計なお世話だよ」
小湊は私の前の席に座ってため息をついた。
「首に傷跡が残ってるってのは本当?」
「あぁ、間違いないよ。見る?」
長い髪を上げて傷を見せれは小湊は眉を寄せた。
「…結構目立つね」
「きっとね、よーちゃんはこの傷を見るたびに後悔して責任を感じちゃうから。だから、隠してる。よーちゃんは何も悪くない」
「それは、優しさ?」
首を傾げた小湊に私はまさか、と言葉を返す。
「本当に思っていることだよ」
「アイツにとっては、それも優しさか」
「そうなのかもね」
どこか呆れたように小湊はため息をついた。
「どうして、お前は倉持から逃げてるの?」
「簡単なことだよ。よーちゃんに罪悪感を背負ってほしくないのと…彼の姉さんでいられなくなったから。何年も我慢してられるわけ、ないでしょ」
「幼馴染みは近すぎて遠すぎるってことか?」
そういうことだよ、と私は笑って傷跡を撫でた。
「彼の姉さんでいてあげられなかったこと。彼に罪悪感を背負わせてしまったこと。…後悔してるよ」
「ふぅん」
「あの頃に戻れたらって思うのに、私は幼馴染みなんて関係に戻りたくないって思ってる。矛盾してるでしょ?」
小湊は笑って視線を教室の外に視線を向けた。
「矛盾してるけど…それで間違ってないんじゃない?だってそれがみょうじの本当の言葉…なんでしょ?」
「うん」
「…間違ってはいないけどさ。早く何とかしてくれない?」
使い物にならないと小湊はため息をついた。
「ごめんね、迷惑ばかりかけて」
「それ、本音?」
「建前だよ」
ムカつくと彼は呟いた。
「言ってあげればいいじゃん。それ、全部」
「受け入れられないことは、怖いよ」
「それでも、離れることも辛いんじゃない?」
小湊は呆れ顔で言った。
「…全部言葉にすべきだよ。2人は」
「珍しいね、小湊がそういうこと言うの」
「俺の大事な後輩と大事な友人が同時に可笑しくなられても困るんだよね」
早く仲直りしてね、と小湊は有無を言わさぬ笑顔で言った。
▽
わからなくなった。
亮さんと御幸に言われたことが頭の中をぐるぐると回る。
雪が降り続く。
真っ白な雪を見ながら、グラウンドのベンチに腰かけていた。
吐き出した息が白い。
「…なまえ姉」
なまえ姉。
悪かったって。
俺が責任を取るからって言いたかった。
言いたかったけど、わからなくなった。
御幸も亮さんも何を言いたかったのか…本当にわからなかった。
「わかんねぇ…」
わかんねぇんだよ。
優しくないなんて、信じられなかった。
「だって…いつも優しかったじゃねぇか。いつだって俺の味方で」
優しかったはずなのに。
「なまえ姉…」
「…呼んだかな?よーちゃん」
「え…」
振り返れば彼女がいた。
雪の中に彼女が微笑む。
「なまえ、姉…」
彼女は変わらず優しく微笑んでいた。
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