10
振り返った先にいた彼女の笑顔は何も変わっていなかった。
あの頃と同じ、優しい笑顔。

「なまえ姉…俺、俺…わかんねぇんだ。何にもわかんなくて…」
「よーちゃん」

彼女は優しい声で俺を呼んで微笑んだ。

「ごめんね、よーちゃん」
「なまえ姉。何で、謝って…」
「ずっとね、騙してた。よーちゃんのこと、ずっと」

騙してたんだって彼女は微笑んだ。

「私は…優しいお姉ちゃんなんかじゃない」
「なまえ姉…」

なまえ姉の両手が俺の頬を包み込んだ。

「私は優しくなんかないよ。困ってる人全員に差し伸べる手なんて持ってない」
「けどなまえ姉は…優しかった」
「好きな人には優しくする。嫌われたくなんかないから。よーちゃんの前では誰にでも優しくした。優しくなければきっと嫌われると思ったんだ。けどね、本当に優しくしてたのは」

よーちゃんにだけなんだよって彼女は微笑む。

「な、んだよ…それ」
「まだ、わからないの?」
「だって…だって、千なまえは…」

なまえ姉は微笑んで俺の額に額をあわせた。

「私は、よーちゃんが好きだった。ただ、近くにいられるだけで幸せだった。だから優しいお姉ちゃんでいたかった」
「なまえ、姉…」
「けどね、足りなくなっちゃったんだ。お姉さんじゃ、満足できなくなった」

けど、どうすることもできなかった。
幼馴染みって関係を壊す勇気なんて私にはなかった。

なまえ姉は至近距離で視線を合わせてそう言って。

「俺、は…なまえ姉が好き、で。けど…怪我をさせちまったし…なまえ姉と一緒になんて、いねぇ方がいいって逃げて…」
「うん」
「けど、謝りたくて。ごめんって、悪かったって言いたくて。また、隣にいてほしくて…」

震える手で彼女の長い髪を耳にかける。
うなじの傷跡に触れて唇を噛んだ。

「痛かった、よな…」
「よーちゃんが傍にいないことの方が痛かった」
「なまえ姉…」

頬を撫でる彼女の手に自分の手を重ねて。

「ごめ、ごめんっ…なまえ姉…なまえ姉っ」
「私も、ごめんね」

頬に涙が伝って、雪景色のなか彼女が微笑んだ。

「あの日から雪がやまなかった。ずっと、ずっと雪が降って…なまえ姉が怪我するシーンが繰り返されて」
「私も、ずっと雪がやまなかった。よーちゃんがいないかったから。やまなかったんだよ」

後悔したって、なまえ姉が言う。
次の日にちゃんと会いに行けばよかったって。
会わなければこの想いは消えると思ったのに消えなかったって言った。

「好きだよ、よーちゃん。ずっと好きだった」
「俺も、好きだ」

昔みたいに抱きつけば背中に腕が回された。

久々に触れた彼女に頬を伝う涙が止められなくなって。
降り続いていた雪がやんだ。





「泣き止んだ?よーちゃん」
「うるせ」

髪を撫でればよーちゃんは視線を逸らした。

「雪…やんだか…?なまえ姉」
「うん、やんだみたい。よーちゃんは?」
「やんだ」

よかったと微笑んで彼から体を離す。
彼の温もりにひどく安心した。
また、彼が隣にいてくれることが嬉しい。

「さ、てと…私は帰るね」
「は?なんで?」
「なんでって。よーちゃんは寮生でしょ?」

そうだけど、呟いてよーちゃんは口を閉ざす。
どこか不機嫌そうに私を見つめて。

「もう少し一緒にいてぇんだけど、なまえ姉。…折角、両思いってわかったのに…」
「そういうこと言われると帰りにくいんだけど」
「帰らなくていいんだよ」

ぎゅっと手を握られて私は微笑む。

「また明日、会えるでしょ?」
「そうだけど…」
「…また明日ね、よーちゃん」

帰ろうとした私の手をやっと離して、私に抱きつく。

「帰れないじゃん」
「帰るなっつってんじゃねぇか」
「それ以上みょうじを困らせないでくれる?倉持」

聞きなれた声。
振り返れば小湊がいた。

「り、亮さん!?」
「全く。やっとくっついたの?」
「何、ずっと見てたわけ?趣味悪いね、小湊」

小湊は今来たよとめんどくさそうに言った。

「雪はやんだの?」
「まぁね。小湊のお節介のお陰で」

高くつくよ?と小湊は笑う。

「あーぁ、怖い怖い。よーちゃん」
「…帰んのかよ」
「今日はね。また明日」

不服そうに、でも確かによーちゃんは頷いた。

「また、明日。なまえ姉」

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