03
「みょうじ?あ、いた」

あの絵の前に座っていたみょうじがこちらを振り返る。

「流石に昨日の今日で約束忘れたりなんてしない」
「そっか」

パンの入った袋を机に置いて、斜め後ろの椅子に座る。

「描いてくれんの?」
「あぁ、うん。一応持ってきたし」

スケッチブックを手に取ったみょうじはぱらぱらとページをめくる。

「あ、描いてるとき動いちゃダメだっけ?」
「動いて平気」
「じゃあかっこよくよろしく!!」

みょうじは俺の言葉に目を瞬かせる。
そして僅かに目を細めて、笑ったような気がした。

「努力はしてやるよ」

鉛筆を持ったみょうじがスケッチブックに視線を落として。
俺は昼食のパンにかぶり付く。

みょうじは昼飯食べたのかな?って周りを見渡してカロリーメイトの袋があるのが見えた。

「昼飯カロリーメイトだけ?」
「そうだけど」
「お腹空かないの?」
「別に」

みょうじは顔を上げて視線をこちらに向けた。
真剣な瞳が俺を映して、なんか気恥ずかしくて視線をそらす。

「なんかさ、こんな風に見られるの慣れてないかも」
「いつも目立ってるって樹から聞いたけど」
「俺、エースだし?目立つけどさ。なんか、見透かされてるような感じ。なんて言うんだろう?」

みょうじの目は全てを見透かしているような錯覚を覚える。
奥の見えない闇のような真っ黒な瞳。

「人間ってあんまり真正面から目合わせたりしないからな」
「でしょ?なんか向き合って座ってるだけでくすぐったい。まだ知り合って3日だし」
「一昨日会う前に1回会ってるけどな」

少しだけ首を傾げてすぐに思い出す。
チャラいなって思ったんだよね、確か。

「あの時ね、バスケ部っぽいなーって思った」
「偏見だろ、それ。暗にチャラいって言ってる」
「絵描くとか、誰も思わないでしょ!!」

そりゃそうか、とみょうじは視線を落としたまま呟いて。

「似合わない自覚はある」
「スポーツやらないの?」
「疲れんだろ」

たまにこちらに視線を向けながら描いていたみょうじは手を止める。

「できた?」
「いや、まだ。ちょっと動くな」

パンの袋をぐしゃっと潰した状態で固まればみょうじが俺に手を伸ばして。

「え、な…なに?」

みょうじの男にしては細い指が俺の頬に触れる。

「睫毛ついてたから」
「は、はぁ!?」
「なんか気になったんだよ」

それだけ言って何事もなかったかのようにまた絵筆を走らせて。

「あーもうっなんの話してたっけ?」
「スポーツやらないのかって」
「あぁ、そうだ。疲れるんだっけ?」

みょうじは頷いて、汗流すのが嫌だと呟いて。

「俺なんて毎日汗だくだけど」
「よくやるよ。アンタも樹も。まぁ…そういうの見てるのは嫌いじゃないけど」
「自分は苦労したくないってことじゃん!!」

よくわかってるねって外神は言った。

「お前、運動出来そうなのにね」
「そんな出来ないと思う」
「その見た目で運動音痴とかそれこそ似合わないけど」

それは初めて言われたとみょうじは言って、鉛筆を机に置いた。

「出来たよ」
「え、もう?」
「アンタ、顔整ってるから。描きやすい」

さらっとそんなことを言って、スケッチブックをこちらに見せた。

「おーーっ!!凄いっ!!」

手渡されたその絵を見て俺は目を瞬かせる。
本当に鏡を見てるようで。

「凄いっ!!ホントに凄い!!俺、ここまでとは思ってなかった」

みょうじは頬杖をつきながら少しだけ微笑んで。

「喜んでくれたなら、素直に嬉しいよ」

切れ長な目が優しげに細められて。
俺はそれを見たまま固まる。

「なに?」
「お前、ずっと笑ってればいいのに」
「なんだよ、突然。そのスケッチブックに今までに描いた奴あるから好きに見ていいよ」

ホント!?って言えばみょうじは頷いた。
ページを捲れば上手い以外の言葉が浮かばない絵が並ぶ。
笑ってたり泣いてたり怒ってたり。
全部今すぐに話し出しそうな、そんな絵。

「あ、これ」
「なに?」
「樹?」

腕を枕に机でうたた寝している樹の絵。
みょうじはそれを見てあぁと何か思い出したように言った。

「俺の受験勉強の時。家に来て一緒に勉強してて、寝てたから描いた」
「あれ、樹って推薦でしょ?」
「推薦だけど、学校入ってから追い付けなくなるのは大変だからって総復習するって」

真面目だよねアイツって言えばみょうじも頷いた。

「真面目だし、真っ直ぐだし。融通きかない」
「けど仲良いんでしょ?」
「まぁ普通に」

樹があそこまでテンション高く語った理由がわかった。
こんなの何回も描かれてたら俺だってあんな風になる。

「ホント上手い」
「どーも」
「貰っていいんだっけ?」

自分の絵をみょうじに向けてそう尋ねればいいよ、とみょうじは答えて。

「要らなくなったら捨てていいから」
「捨てない!!」
「あっそ」

みょうじは冷たく答えながらも優しい目をしていて。
大切にしてるんだなぁって思った。

「自慢してくる」
「何を?」
「俺のかっこよさ」

みょうじは目を瞬かせてから、声を出して笑いだした。

「な、なんだよ!!」
「そこまで自分に自信がある奴、他にいねぇだろ」

目尻の涙を指先で拭って変な奴、と呟いた。

「まぁけど。確かにアンタは綺麗な顔してる」

みょうじはそう言って、微笑んだ。
俺は咄嗟に顔を背けて小さく息を吐く。

お前も十分綺麗じゃん、なんてことは言わなかった。

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