05
「じゃ!!」「またどっか行くの?」
昼休み、昼食を持って教室を出ようとすれば白河が不思議そうに首を傾げて言った。
「うん!!」
「あれじゃね?例の描いた子のとこ」
カルロがニヤニヤしながらそう言えば白河は納得したように頷いた。
「珍しくゾッコンだね」
「な。どんな子?可愛いの?」
あの絵を見せてからみんなみょうじを女と勘違いしている。
「アイツはそういうのじゃなくて!!」
「じゃあ、なに?」
なに?と言われると正直困る。
俺とアイツの関係なんてよくわかんないし。
てか、何で俺がこんな風に毎日足を運んでるのかもわかんない。
けど、それでも。
会いたいと思ってる自分がいた。
「わかんない。じゃあっ!!」
「あ、逃げた」
足早に美術室に向かっていれば見覚えのある奴がいた。
「樹!!」
「あれ、鳴さん?」
樹は首を傾げて俺を見て、すぐに何か納得したように頷いた。
「なまえのとこですよね?これ、代わりに届けてくれますか?」
そう言って渡されたのはコンビニのおにぎりとお茶。
「あ、うん。て、あれ?樹何で知ってんの?」
「鳴さん俺になまえのこと聞いてきたし。この間の絵、なまえの絵だったから」
なまえはあんまり人と親しくならないから最初は何かの間違いかと思いましたよ、と樹は優しい顔して笑った。
「じゃあ、お願いします」
「うん」
渡された袋を持って美術室に入ればくるりと椅子を回転させてみょうじがこちらを見た。
「また来た」
「ダメ?」
「別に。よく飽きないなって」
いつものところに座ってさっき渡された袋をみょうじに渡す。
「樹から」
「げ…」
袋の中身を見て眉を寄せたみょうじ。
「嫌いなの?そのおにぎり」
「嫌いとかそういうんじゃなくて…めんどくさい」
「何が?」
食べるのが、とみょうじは言って。
渋々と言う感じでおにぎりの封を開ける。
「食べるのめんどくさいって人間としてどうなの?」
「おにぎりって片手塞がるから。描きながら食べれない」
「結局それなんだ」
ホントに絵描くの好きなんだねと言えばそれしかないからと答えた。
「けど、将来絵描きになる気はないんでしょ?」
「なんか…売るために描きたくない」
「…ただ描いてたいだけってこと?じゃあ、買いたいって人が現れたら?」
その人が望む値段で売るよと答えた。
「絵って結局見た人が何を思うかで決まるんだよ。俺の感情を押し付けるのは間違ってて。相手がその絵に価値をつけてくれて、その価値を払いたいって思ってくれたならそれは…凄く嬉しいことだから」
「…よくわかんない」
「だから。俺が値段をつけて売り出すんじゃなくて。見た人が並んでいる絵を見て、値段をつけて。それを払ってでも絵が欲しいって思ってくれた人にその値段で渡す。その絵につけられた値段が、その絵の価値になる。」
自分の絵に価値をつけてくれることって嬉しいんだ、と彼は言って。
少し食べにくそうにおにぎりを食べた。
「どんなに安くても売るの?」
「1円でも。勿論、0円でも構わない。それがその人が見出だした価値だから」
俺はみょうじの後ろにある絵に視線を向ける。
「その絵も…完成したら誰かが買うの?」
「欲しい人がいたら」
「……俺、欲しい」
え?とみょうじは俺を見て目を瞬かせる。
「その絵。完成したら欲しい」
「いい、けど…」
「お金は…後で考える!!」
そんなに手持ちはないから、と言えばみょうじは苦笑する。
「アンタから金取ったりしないよ」
「え?けど」
「絵、好きだって言ったろ?それだけで、俺は満足だ」
お金じゃなくても価値をくれたから。
好きだって言ってくれる人が持っててくれた方がこの絵も幸せだと彼は優しい目をして言った。
絵のことになると、たまにこんな目を見せる。
その目が俺は結構気に入っていて。
絵に向けられる真剣な眼差しもこの優しい目ももっと見たいと思った。
「いつ完成すんのかなー」
「わかんない。気長に待ってて」
「そうする。てか、おにぎり食べるの遅いね」
俺が2つ目のパンを半分ほど食べた頃やっとみょうじは1つ目のおにぎりを食べ終えた。
「苦手なんだよ、これ。いつもカロリーメイトかウィダーだから」
こいつの食生活大丈夫なのかなって少し心配になった。
「てか、買いすぎだから」
残り2つのおにぎりを見て、心底めんどくさそうにため息をついた。
「お喋りしながらゆっくり食べなよ」
「アンタ、食べ終わって暇になるぞ」
「お前と話してるから平気」
みょうじは少しだけ笑って、変なやつと呟いた。
「しつれーだってば!!」
「けど、嫌いじゃないよ」
優しい目が俺に向けられた。
普段は絵の話をしてる時にだけ見せるその眼差しが絵ではなく俺に向けられて。
胸が音をたてて跳ねた気がした。
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