08
ふとした瞬間に、みょうじのことを考えることが増えた。アイツと過ごす時間が楽しいと思うようになって、待ち遠しくなってきた。
こんなことになるなんて思ってなかった。
「なんだろ、ホントに」
自分の感情がなんなのか、ホントにわかんなくて。
アイツが塗ったネイルを眺めながため息をつく。
「どうしたんですか、鳴さん」
「別にー…」
「悩みごとですか?」
そんな感じ、と言えば樹は首を傾げて。
「なまえが何かしましたか?」
「いや、なんにも」
「なら、いいんですけど…」
樹はアイツが何かして怒らせたかなって心配で、と困った顔をして言った。
「みょうじってさ、笑う?」
「え、はい。けど、親しくならないと笑いませんよ」
「…笑うようになったってことはさ…親しくなったってこと?」
そうですね、と樹は答えた。
「…アイツさ、絵のことになると凄く優しい顔するよね」
「そうですね」
「あの顔ってさ…人に向ける?」
俺の問いかけにえ?と樹は目を丸くして。
でも、すぐに首を傾げた。
「んー…向けないと思いますよ。もし向けたならそれは特別ってことじゃないですか?」
「特別…」
「まぁけど。なまえのテリトリーに入れる時点で特別ですよ」
は?って首を傾げれ樹はどこか嬉しそうに笑っていた。
「アイツ、自分が絵を描いてるところに人を入れたがらないんですよ。俺も随分と入れて貰えなかったです」
「俺、初めから入れてくれたけど…」
「その時から多分、特別扱いされてたんじゃないですか?」
…なんでだろう。
だって全く知らない奴だったのに。
「なまえのこと、よろしくお願いします」
「え?うん…」
▽
特別扱いって、なんでだろう。
「みょうじー」
「どーも」
みょうじは筆を止めてくるりとこちらを見て。
「ねぇ、聞きたいんだけど」
「なに?」
「何で俺のこと…ここに入れたの?」
俺の突然の問いかけに彼は目を丸くした。
「樹から聞いたの?俺が絵を描いてるところに入れないって」
「うん。…俺、邪魔?」
「アンタは…ここにいて楽しい?」
うん、と答えれば彼はまた優しい顔をして微笑んだ。
「退屈だって思わない?」
「思わない。思ってたら来てないし…て、質問に答えてよ」
みょうじはんー、と首を傾げた。
「樹がアンタのこと凄く信頼してるのは知ってたんだよね」
「は?」
「顔も見たことあった。ここに来たとき何してんだ、って思ったけど」
樹が信頼してるなら悪い奴じゃないだろうなって思ったと言って。
何でかわからないけど胸が苦しくなった。
「入れたきっかけなんてそんなもんだよ」
「…ふぅん…」
「けど、俺はアンタをここに入れたこと後悔してない」
真っ直ぐと俺を見つめた真剣な瞳。
目を逸らせなかった。
「邪魔かって言ったけど。邪魔なんかじゃないよ」
胸の苦しさがゆっくりとなくなっていく。
「アンタといるのは楽しい、と柄にもなく思ってる」
「…なにそれ」
「それに、アンタは俺の絵に価値をくれた」
それが何よりも嬉しかったと彼は微笑んだ。
「俺、何で毎日お前のとこ通ってるんだと思う?」
「何で俺に聞くんだよ」
いつもの椅子に座って、パンの袋を開ける。
「わかんないんだよね。俺、なんでこんなにお前のこと考えてんのか」
「…俺のこと考えてんの?」
「え?うん」
みょうじはため息をついて、呆れた目を俺に向けた。
「なんだよ」
「そういうこと女に言うと勘違いされるぞ」
「…お前しか思ってないから、お前しか言わないけど」
目を丸くしたみょうじはバカだろと小さく呟いた。
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