10
シャラッとピアスが揺れて、俺は力が抜けて椅子に座った。
目の前の男は顔を俯かせ、真っ赤な耳だけ白い髪に隠れずに見えていた。
びっくりしすぎて、呆然としていれば彼はガタッと椅子から立ち上がって。

「…ごめんっ!!」
「あ、おいっ!!」

美術室のドアをバンッと開けて、走り去っていく彼を追いかけることを出来なくて俺は小さくため息をついて机に額をあてた。

「なんで本人に相談してんだよ、馬鹿…」

一瞬だけ触れた唇を指で撫でる。

「モテるくせに…真っ赤な顔してキスすんだな…アイツ」

襟元を掴んだ手は震えてた。
好きだと言葉を紡いだ唇も震えてた。

追いかけなきゃって思ってんのに、俺はそこを動けなかった。
嫌われるのは慣れてるけど好かれるのはなんだかむず痒くて。
熱くなった顔をどうすればいいかわからない。

向きを変えて熱くなった頬を机につける。
見えたのはあの絵だった。

「俺は好きだよ、その絵」
「その絵、完成したら欲しい」

彼の声が耳に残っていた。
俺の絵を好きだと言ってくれて、欲しいと言ってくれて。
似顔絵1枚であんなに喜んでくれたアイツの声聞こえる。

「嬉しかったんだよな…アイツが価値をくれたこと」

嬉しかった。
俺といることを退屈じゃないと言ったことも。
小さなことで笑って、喜んでくれることも。

段々と彼が俺の日常に入り込んできて。
彼といるのが当たり前になっていった。
それが心地よくて、楽しくて。
柄にもなく、彼が来るのが楽しみだった。

ここまで来て、わからないほど俺は鈍感じゃない。
唇が触れたとき嫌悪感がなかったのも結局、そういうことなんだ。

まだ曖昧なものかもしれないけど、俺は…





告白なんて初めてした。
こんなにドキドキして、死にそうになるなんて知らなかった。

今まで俺に告白してきた女子ってホントに凄いと思った。

俺の初めてが男で、しかも後輩の幼馴染みで。
何でかわからないけどキスまでしちゃって。

唇が触れたときビリッと体に電気が走ったみたいになった。
好きだって気持ちがぐるぐる体のなかを巡った。

無我夢中で走って、誰もいない空き教室でしゃがみこむ。
熱くなった顔を膝に埋めて、もう会いになんていけないと思った。

どんな顔して会えばいい?
なんて言葉をかければいい?

ごめん、気にしないでなんて言えない。
こんなにも俺はアイツが好きだってわかっちゃったから。

「…あの絵、貰ってからにすればよかった」

始まりはあの絵だった。
美術室であの絵に惹かれて、わざわざ描いてる人を見に行って。
みょうじに出会って、毎日飽きもせず会いにいった。

昼休みが待ち遠しかった。
一緒に過ごす時間が凄く短く感じた。
アイツの笑顔が見たくて、優しい目が、優しい顔が見たくて。
それを自分に向けられた時はホントに嬉しかった。

優しく触れる手は俺より少し冷たくて。
熱くなった体にはそれが凄く心地よくて。

それから、絵を描いてる横顔が好きだった。
切れ長な瞳が真剣に絵を見ていて、それがまた俺を惹き付けて。

特別扱いってわかって優越感を感じた。
あの特別な空間が、好きだった。
ずっと続けって柄にもなく思ってた。

考えてみれば俺はみょうじのこと凄い好きだった。
気付かなかったのがホントに馬鹿だったと思う。

「…みょうじ」

アイツと一瞬だけ触れあった唇を撫でる。

「…好き…」

好きだよ、馬鹿。

「なんで…」

好きになっちゃったんだよ…

泣きそうになるのを我慢して頭を抱えた。
アイツに撫でられた感触がまだ、残ってる。

告白なんてしなきゃよかった。
好きだって気付かなきゃよかった。
だって、そうしたら…今もお前の特別でいられたじゃん。

出会って、まだそんなに経ってない。
ギリギリ1ヶ月経ったぐらい。
なのに…なのに、

「お前がいないと、ダメなんだよ…」

お前がいない時間なんて、考えたくもなかった。

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