03
「なまえ」「…ユキ…?」
ユキと初めて出会った場所。
ぼんやりと空を眺めていれば見覚えのある人が廊下を歩いてきた。
立ち上がって珍しく開いた窓の窓枠に体を預ける。
「何してんの?」
「ちょっと時間潰しにね。ユキは…また?」
「…そう」
心底面倒だと顔に書かれていて俺は苦笑する。
「部活前なのにね」
「迷惑な話」
また新しい足音が近づいてきて、俺はそこにしゃがみこむ。
「…そこで聞いてる気?」
「もしもの時は助けてあげる」
「…ありがと」
窓枠に腰かけるユキを見上げながらやってきた女の子の声を聞く。
見上げる先にあるユキの目はひどく冷たい。
「…俺は付き合えない」
「私、部活の邪魔はしないよ?メールもデートも出来なくていい。ただ、一番近くで応援して支えてあげたくて…」
「別に、そういうの頼んでない」
部活の邪魔はしない、女の子の常套句だな。
ユキはイライラしてきたのか窓枠に置いていた手に力が入っていた。
力を入れすぎて白くなった指が痛々しくて。
そっと、その手に触れればびくっと少しだけ震えた彼の体。
けど、力は抜けたようだった。
俺の人差し指と彼の人差し指が少しだけ絡んで。
ユキは何事もないかのように女の子に拒絶の言葉を吐いていく。
「…お願いしますっ!!」
「だから、無理だって何度も言わせるな。ウザい」
無理もウザいも彼女の耳には届いていないようだった。
仕方ない、と息をひとつ吐いて立ち上がる。
「ユキ」
「なまえ」
「みょうじくん!?」
驚いてる女の子を無視して、ユキと視線を合わせる。
「シキが早く部活来いって」
「…すぐ行く。じゃあ、そういうことだから」
ユキは足早にこの場を離れていく。
女の子は泣きそうな顔を俺に向けた。
「なんで、邪魔するの…?」
「え?何が?なんか、話してる最中だった?」
ユキ嫌そうな顔してた気がしたんだけど、と言えば彼女の目からは涙が零れる。
「そ、そんなはず…」
「え、なんで泣いてるの?俺何かした?」
白々しく言ってやれば彼女は涙を拭いながら首を横に振った。
「そう?女の子が泣き顔をそんな簡単に見せるのはどうかと思うよ」
「ごめん…」
「あ、あとさ…」
女の泣き顔は好きじゃない。
地面に置いていた鞄を肩にかけて、彼女に視線を向ける。
「部活の邪魔はしないって言うけど。君がユキにすがりつけばすがりつくほど部活に遅れるんだよね。これって、邪魔って言うと思うけど」
「え…」
「無理って言われたらスッパリ諦めた方が綺麗じゃない?すがりつく姿って…」
視線を恐る恐るこちらに向けた彼女に微笑む。
「スッゲェ、惨めだよ」
俺の言葉に彼女の肩はびくっと揺れた。
思いの外低かった自分の声。
「じゃあね」
あんまり勝手なこと言い過ぎるとユキが怒るかな。
後でユキには謝っておこう、と心のなかで呟いて野球部のグラウンドの方へ向かう。
中にはユキの姿があって。
ちゃんと行けたみたいでよかったと少しだけ微笑んだ。
「なまえ?」
「あれ、シキ」
「何してんだ、お前」
シキの横には小柄な男の子がいて。
てか、シキと並ぶとより小さく見える。
「ちょっと確認にね」
「カルロ、カルロ!!誰?この人」
シキの横の小柄な男の子が俺を指差す。
人を指差すな、とシキが言っててなんか違和感。
シキが真面目なこと言ってる。
「なまえ」
「あ、ユキ。お疲れ」
いつの間にか俺の傍に来ていたユキ。
「ありがと」
「いいよ、気にしなくて」
微笑みながらそう言えば視線を逸らされた。
「大丈夫だった?」
「ちょっとキツいこと言ったかも」
「…俺も言ってたから平気じゃない?」
平然と言ってのけたユキに俺は笑って。
「そうだね。部活、間に合った?」
「一応」
「そっか。よかった」
練習頑張れよと伝えれば当然と言われた。
彼は結構真面目な人みたいだ。
「ちょ、俺のこと無視!?」
「鳴うるさい」
「ひどいっ、白河!!」
シキに押さえられてる小柄な子に視線を戻して。
「みょうじ」
「は?」
「2年のみょうじ。帰宅部だよ」
彼は目をぱちくりとさせてから自信ありげに笑う。
「2年エースの成宮鳴!!」
「成宮…あぁ、君が…」
目立つの大好きな子、ね。
なんか納得かな?
「プリンスなんでしょ?君」
「なまえ、お前なぁ…」
シキが呆れた顔をした。
「早く俺と代わってね」
彼とユキは首を傾げていたけどシキは納得したのか苦笑。
「さてと、俺はこのあと予定があるから。またね」
ユキに手を振ってまたね、と言えば静かに頷かれた。
まぁ、手を振り返すようなイメージではないか。
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