05
あの日からユキがあの場所に来てくれることが増えた。
何を話すってわけではないけれど、会話が途切れることはほとんどなかった。
窓枠に腰掛けて、ユキの髪を指先で撫でる。

「ねぇ」
「なに?」
「何で俺はユキで、カルロはシキなの?」

髪を触れられるのに慣れたのか、ユキは気にした様子はもうなくて。
彼の質問に俺は首を傾げる。

「何でって…何が?」
「どこからきたの、シキとかユキとか」
「ユキは勝之の之だよ。シキって俊樹って名前でしょ?だから最後の2文字を取って、シキ」

変なの、とユキは言って。

「他の人はどう呼ぶ?」
「名字だよ。こんな風に呼ぶのは2人だけ」
「…そっか」

ユキは少しだけ目を細めて微笑んだ。
この表情、好きだなぁなんて思いながら、彼の髪を手のひらで撫でる。
耳の辺りに手のひらが触れたとき、後ろで物音がした。

振り返れば顔を真っ赤にした女の子が1人。
上履きの色を見る限り1年生。

「え…あ、みょうじ先輩と、白河先輩が…」

彼女の目は何か見てはいけないものを見たかのように大きく見開かれ、ゆっくりと後ずさっていく。

「お、お邪魔しましたっ!!」

凄い勢いで頭を下げて走り去っていく女の子に首を傾げる。

「バレちゃったね、ここ」
「他の場所に移せばいいんじゃない?」

彼の髪を撫でていた手を離してめんどくさいなーと溢せばそうだね、と彼が答えた。

「どっか目立たないところ、ないかな」
「…体育館裏?」
「不良の呼び出しみたいだよ」

クスクスと笑えば確かに、と彼も笑って。

「グラウンド、とか。野球部の」
「ちょっと遠くない?それに、俺野球部じゃないし」
「…そっか。…まぁ、さっきの女がバラさない可能性もあるから」

それが一番いいね、と言ってもう一度彼の髪に触れた。

「…触りすぎ」
「ごめんね」





次はどこに逃げようか。
そんなこと考えていたけど、次の日学校に行けばそれどころじゃないことになっていた。

「なまえ!!」
「朝から煩いよ、シキ」
「それどころじゃねぇだろ」

焦っている彼に首を傾げる。

「…なに?」
「お前と白河が付き合ってるって。なんか、スゲェ噂になってんぞ」
「俺とユキが?」

付き合ってるって…男同士だけど。
…今日は一段と視線が多かったのはそれが理由か。

「なんかキスしてたとか、言って…」
「キス?…情報源は?」
「俺は後輩から。なんか、1年から広まってるみてぇだけど」

1年から。
…キス?

「あぁ、あの子か…」

昨日俺とユキが会っているときに来た女。
確か1年だったし。
ちょうど、ユキの髪を撫でてたから角度によればそう見えなくはないね。

「ユキは?噂、知ってる?」
「朝、俺と一緒に後輩から」
「そっか。申し訳ないなぁ…俺のせいで」

荷物を机に置いて廊下に出る。
沢山の視線に晒されながら彼の教室に向かう。
彼の教室のドアを開ければざわつきは大きくなった。

「ユキ」
「…なまえ」

ユキは本を閉じてこちらに歩いてくる。

「なんか、ごめん。俺のせいで」
「別に。昨日の女子?」
「多分ね」

周りは何を話してるんだ、と聞き耳をたてて俺達に好奇の視線を向ける。

「噂、なくなるくらいまで会わないほうが…いい?」
「…まぁ、そう…なる…か」

ユキに会えなくなるの、なんか嫌だな。
そんなことを頭の中で考えてあ、と声を漏らす。

「なまえ?」
「俺と付き合っちゃえば?」
「は?」

眉を寄せ、意味がわからないと俺を見る彼に微笑む。

「俺とユキには女避けが欲しくて。でも、それが見付からなかったわけだろ?」
「まぁ…」
「この噂、消えるまで会えないとか嫌だし。てか、ここまで大々的に広まったなら使わない手はないと思うんだけど」

ユキはもしかして、と小さく呟いて俺はこくりと頷く。

「俺がユキの女避けやってあげるってこと。で、ユキは俺の女避け。利害の一致はしてるし状況的には最高だけど」
「…男同士だけど?」
「まぁルックス的には問題ないと思うんだけどな…」

まぁ、冗談だよと言えばユキはじっと俺を見つめた。

「…ユキ?」
「いいんじゃない?」
「は?」

ユキは目を細めて俺を見た。

「…本気?」
「俺は、別に。…女が来るよりなまえがいい」

周りのざわめきは大きくなっていって。
迷ってる暇は多分、ない。

「…嫌になったら、すぐにやめるからね」
「うん」

俺はいつもみたいに彼の髪に手を添える。
聞こえた悲鳴とも歓声とも言えない声。

「ユキ?」

彼を自分の方に引き寄せてゆっくりと顔を近付ければ、周りの声はどんどん大きくなっていく。

「…本当にすると、思った」
「流石にね」

至近距離で話して、少し距離を取る。
周りの人たちはどこか頬を赤らめていて。
俺はユキを自分の腕のなかに引き寄せる。

「ユキは俺のだから」

また歓声とも言えない声を女子が上げて、男子はざわざわとして顔を見合わせる。

「男だろうが女だろうが手、出したら………殺すよ」

周りは一瞬で静かになった。

「なまえ?」
「そろそろHRだから、戻るな」
「あぁ。昼休みはいつも通り?」

うん、いつも通りと微笑んで彼の髪を撫でる。

「またね」

Back


TOP