06
「なまえ」「ユキ。大丈夫だった?教室とか」
「平気。多分、最後のが効いたんだろ」
俺の言葉になまえは首を傾げた。
殺すよ、なんて言うキャラじゃないだろと言っえばなまえに苦笑する。
「耳障りだったから、つい…」
俺の髪を撫でながら彼は目を細める。
まだ、触れられるのは慣れない。
くすぐったいし…
けど、振り払いたいと思ったこともない。
「本当のお前がよく、わからない」
「俺もわかんない。けど、今は着飾ってるつもりはないよ」
「あっそ」
彼が微笑んで俺は視線を逸らす。
真っ直ぐ目を見て言われると流石に恥ずかしい。
「もしあのとき、本当にキスしてたら怒った?」
「は?なんで?」
「いや、なんかキスしたいなーって思ったから」
あのときのことを思い出して、少しだけ鼓動が速まる。
優しい手つきで髪に触れていた彼の手が少しだけ強引に俺を引き寄せて。
ゆっくりと近付いてきた端正な彼の顔。
あの時は柄にもなく鼓動が速まって、顔が熱くなった。
自分でも正直、びっくりした。
彼の指先が俺の唇に触れて慌てて視線を彼に向けた。
目を細めて、微笑む彼に何も言えなくなった。
なんで、偽者の恋人そんな愛しそうな目を向けるんだ。
「ごめんね、冗談」
唇から彼の指が離れた。
それに、少しだけ胸がチリッと痛んだ。
「別に、いい…けど」
何で、こんなこと言ってるのかわからなかった。
多分、こいつの雰囲気に飲み込まれただけ。
俺が可笑しくなったわけじゃない。
目を瞬かせたなまえはそっと俺の頬に手を添えて。
彼が瞳を閉ざしたからつられるように目を閉じる。
触れた温もりに体が少し震えた。
ただ重ねただけの子供みたいなキス。
凄く短かったはずなのに長く感じた。
目を開ければ恥ずかしそうに頬を掻く彼がいて俺も少し恥ずかしくなる。
「自分からしておいて、何で顔赤いの?」
「わかんない。なんでだろ…」
うわー、顔暑い!!
彼はそう言ってパタパタと手で扇いで頬を冷やし始めた。
「感想は?」
「あ、それ聞いちゃう?ユキはちょっと意地悪だね」
なまえはそう言って、耳元に口を寄せる。
耳にかかる吐息に体が強張る。
「スッゲェ…ドキドキした」
そのまま肩に顔を埋めて、当分動けないと呟く。
「…顔見たい」
「今ヤバイ。見せれない」
「いいから、見せろ」
彼の体をトンっと押せば思いの外簡単に俺から離れて。
彼の顔を見れば恥ずかしそうに目を逸らし、頬はピンク色に染まっていた。
「…なまえ」
「な、に?ん!?」
その表情がなんだか可愛く見えて。
彼のネクタイを引いて重ねた唇。
なまえは目を丸くして俺を見ていた。
「お返し」
「ちょ、ユキ!?追い討ちかけないで!!」
「つい」
ひどいなーなんて彼は言いながら優しく笑って。
「本当に恋人みたい」
「…みたいじゃないだろ?」
「…そうだったね」
偽者にも君はそんな顔を向ける。
本当に愛した相手にはどんな表情を見せるんだろう。
気になったけど、俺は目を逸らした。
「あーもう、恥ずかしい」
「それは俺もだから」
「けど、なんか…楽しいかも」
クスクスと彼が笑う。
「なにそれ」
「ユキといるの、楽しいなって」
彼はまた髪を撫で始める。
俺の髪を触ってて何がそんなに楽しいのかわからない。
「…変なの」
「え、ひどいなー…」
俺、まともな友達シキとユキしかいないし。
なまえはそう言って少し寂しそうな顔をした。
「…他のやつは?」
「なんか、既に俺が出来上がってるんだよね。みんな」
俺の知らない俺が沢山のいる。
彼の声はどこか冷たくて、泣きそうに見えた。
伸ばした手で彼の頭を撫でれば目を瞬かせる。
「ユキ?」
「…お疲れさま。けど、俺とカルロだけじゃ…足りない?」
「足りなくないよ」
あ、なまえの髪って凄い柔らかい。
なんか、猫みたい…
「2人がいれば…俺は満足だよ」
俺の手に彼はすりよって、ふにゃりと笑った。
いつもとは違う。
どこか幼い笑顔に、少し息が詰まった。
「ありがと、ユキ」
「…こちらこそ、ありがと」
これからもよろしくね。
彼はいつも通り微笑んでそう言った。
「よろしく」
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