07
「白河」「…なに?」
「なまえのこと」
カルロは目を逸らして小さな声で話を続ける。
「事情は、聞いた」
「…そう」
「よかったのか?」
別に、と答えればそうかと言って。
いつもより大人しいカルロに首を傾げる。
「嘘でもさ…なまえのこと、頼むわ」
「え?」
「アイツ…限界だったんだよ」
何が?と聞けばカルロはこちらを見て。
少し言いにくそうに口を開く。
「相手の望む姿で居続けるってスゲェ疲れるみたいでさ。お前は知らないと思うけど…アイツ昔はもっと雰囲気とか柔らかいやつだったんだよ」
お前は知らないと思うけど。
彼の言葉にどこか胸に引っ掛かる感じがした。
「段々、性格が歪んできてるっつーの?やつれてるっていうか…」
「…へぇ」
「けど、白河と話してるときは結構昔の表情に近いんだよ」
お前に気を許してるんだと思う。
カルロはそう言って、グラウンドを囲む観客に目を向けた。
「…大変だろうけど、頼んだ」
「俺が何すればいいわけ?」
「一緒にいてやってくれればいいよ」
じゃあ頼むな、とカルロは一方的に話を終えて練習に戻っていく。
「限界…ね」
自分も練習に戻ろうとすれば目を輝かせた鳴が腕を掴む。
嫌な予感しかしない。
「なぁ、あれホント!?」
「どれ?」
「この間来たなまえって奴と付き合ってるって」
これ、頷いたら頷いたで面倒だろうけど。
事情を話しても面倒だよね。
「……内緒」
「えーっ!?なんで!?」
叫ぶ彼を無視して練習に戻る。
好奇の視線に晒されるのはやっぱり居心地が悪い。
けど、なまえが相手だからとどこか許してしまってる自分がいる。
▽
「みょうじ先輩!!」
帰ろうとした俺を呼び止めたのは名前も知らない女の子。
「なに?」
張り付けた笑顔に彼女は頬を染める。
「し、白河先輩とのあれ…嘘ですよね?」
「どうして?」
「だって、おかしいじゃないですか。男同士なんて」
ユキにもこういうこと言う子、いるのかな。
それは嫌だな…
俺のせいでユキに嫌な思いはさせたくない。
「何がおかしいの?」
「え?」
「俺はユキが好き。だから、付き合ってる。おかしいことがある?」
男同士ですよ、と言う彼女に俺は首を傾げた。
「恋愛に性別って関係あるの?」
「あ、ありますよ!!」
「俺はないと思うよ」
彼女は目を丸くして口をつぐんだ。
「男だろうが女だろうが俺が選んだんだから。君に文句を言われる筋合いはない」
「け、けど!!」
「それとも、あれかな?男なんかと付き合うくらいなら私の方がマシだ…とでも言いたいのかな?」
口を閉ざしたままの彼女。
無言は肯定だよね。
「…自惚れない方がいいよ」
「え、…」
張り付けた笑顔を消して、溜め息をつく。
「君にユキより優れたところがあるの?見た目も性格も…君に勝てるところはある?」
「わ、私は…」
「女だからって優れてると思ってるなら、考え方を改めな」
彼女の目に涙が浮かぶ。
「君みたいな子よりはよっぽど男の方がいいよ」
彼女の頬に涙が伝う。
ほら、女はすぐに泣くんだ。
「それから、女の涙は武器になるとかいうけど」
彼女は涙を拭いながらこちらを見る。
「俺は大嫌いだよ、女の涙」
「え…」
「見ててイライラする。泣けばなんとかなると思ってたりする?」
そんなこと、と言いながら彼女はまた顔を歪めて。
「泣くならさっさと消えてくれる?」
「みんなのこと、騙してたんですか…!?みんなに、言ってやる!!」
どうぞお好きに。
俺はふわりといつもの笑顔を張り付ける。
「信じてくれるかな?フラれた君の言葉を」
「な、に…それ…」
「フラれた腹いせに悪い噂を言おうとしてるだけ。そう、思われるんじゃない?そうしたら君は…悪者になっちゃうね」
彼女の顔が青くなっていく。
「騙してたって、言ったけどね。君達が勝手に俺に押し付けたんだろ?王子様って役を」
俺が選んで今の俺になってるわけじゃないよ。
俺はそれだけ言って背中を向ける。
後ろから聞こえる嗚咽に眉を寄せて、大きく溜め息をついた。
「まぁ…それでも。俺なんかを好きになってくれてありがとね」
振り返って彼女に微笑みながら言えば彼女は顔を覆い隠して踞った。
「どうか次は優しい男を見つけて幸せにね」
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