08
「体育合同だってよ」「どこと?」
「白河んとこ」
なまえは不機嫌そうに寄せていた眉のシワを消して、ふわりと微笑んだ。
「ユキのとこならいいや」
最近こういうことが多い。
白河の話をした途端に表情が柔らかくなる。
2人の関係は偽物のはずなのに、どうしてもそうは思えない。
「お前さ…」
「なに?」
「本気でアイツのこと、好きなのかよ」
俺の言葉になまえは目を瞬かせた。
「シキ?」
「偽物ってわかってるけど。お前の表情見てるとそうは思えねぇわ」
「……そう?」
グラウンドに向かいながら、なまえはジャージを一番上まで上げてポケットに手を突っ込んだ。
「つーか、初めて白河に会ったときから変だったろ。名前呼ばせたり、アダ名つけたり」
「正直ね、俺もわかんない」
なまえの背中は今にも消えてしまいそうに見える。
ふわふわと手を伸ばしても届かない。
手の隙間をすり抜けていきそうな感じだ。
「ユキのことは…多分本気で好きなんじゃないかな」
俺が出会った1年の頃はもっと存在感があった。
今も昔同様目立ってるってところでは存在感はあるけど。
こいつ、みょうじなまえっていう人間の存在は消えつつある気がする。
「ユキといると落ち着く。シキといるときも落ち着くけど。それ以上になんだろうね…俺が俺でいてもいい場所な気がするんだよね」
飾らなくても許される。
ユキの中には俺が知らない俺がいない。
なまえはそう言いながら階段を下りていく。
「…そうか」
「けどね、別に本当に付き合いたいとかは思ってないよ」
「なんで?」
なまえはくるりとこちらを振り返る。
「失いたくないんだよね、ユキのこと。迷惑もかけたくない。ユキの負担にはどうしてもなりたくない」
「…スゲェ好きじゃねぇか、白河のこと。…いいのかよ、それで」
「いいんだよ、これで。俺、ユキを失ったらきっと…」
壊れちゃうから。
微笑んだ彼。
あぁ、やっぱりまた消えそうだ。
そんななまえを繋ぎ止めてるのは白河なんだろう。
「なまえ」
「なに?」
「壊れてくれるなよ」
なまえはどこか困ったように微笑んだ。
「なまえ」
「ユキ。会いたかった」
階段を下りたところで歩いてきた白河に遭遇して。
なまえの表情はまた緩くなる。
白河の隣に並んで2人はどこか楽しそうに話していた。
「あの2人の噂ホントだったんだね」
ひょこ、と後ろから現れた鳴が2人を見ながらそう呟いた。
「鳴…」
「女避けのための偽装だと思ってたんだけど。白河に聞いたときはぐらかされたし」
けど、これ見たら納得。
白河があんなに楽しそうなの初めて見たよ。
鳴の言葉にそうだな、と返して。
なまえは白河のこと好きだろうけど。
白河はどうなんだろうか。
見る限り親しげだし、白河にとってもなまえは特別な位置にいるといってもよさそうだけど。
▽
合同のため通常通りの体育ではなくミニゲームをすることになったらしく。
ビブスを着たなまえとカルロがコートの中に入っていく。
「シキと同じチームでバスケとかだる」
「ジュース賭けるか?」
「まぁ、いいけど」
なまえがスポーツをする姿を見るのは初めてだった。
コートの中のなまえはどこか楽しそうで。
しかも、カルロに引けをとらない程に上手い。
声援の中、なまえは何本もシュートを入れて。
負けじとカルロが点を入れる。
男女の体育が別々で本当によかったと思った。
もしここに女子がいたら声援は彼にとって騒音に変わってしまっていただろう。
「あー疲れた…」
「お前と勝負なんてもうしたくない」
2人の勝敗は結局引き分けで。
汗をジャージの裾で拭いながらなまえがこちらに戻ってくる。
「お疲れ様」
「ホント、疲れたー…」
真緒は笑いながら喉乾いたと呟いて。
「凄いね。白河の恋人くん!!」
「え?あー…成宮?」
「うん」
俺の横で試合を見ていた鳴は目をキラキラとさせてなまえに迫っていく。
「みょうじだったよね?バスケ部?」
「みょうじだよ。部活は入ってない」
「え、マジ?じゃあ中学の時やってたとか?」
そういうのもないけど、となまえはどこか困ったように答えていて。
ざわりと胸の中を何か黒いものが蠢いた気がした。
なまえが鳴と話してる姿に、理由のわからぬ苛立ちが生まれる。
いや、わからなくなんかない。
この苛立ちの原因が何かわかってる。
けど、きっと…わかっちゃいけなかった。
「なまえ」
「どうしたの?ユキ」
こちらを見た彼に苛立ちは消えていく。
なまえはじっと俺を見つめてからふわりと微笑む。
「ごめんな、成宮。俺、水道行きたいからまた。ユキ」
着いてきてくれる?
首を傾げたなまえに頷いて彼の隣を歩く。
何も言ってないのになんでわかったんだろう。
視線を真緒に向ければ、頬に汗が伝って首筋に流れる。
「っ!!」
俺は慌てて目を逸らした。
どくり、と大きく音をたてた心臓。
気付かないようにと言い聞かせても鳴り響く心臓の音。
あぁ、ダメだ。
俺はなまえが…
好きなんだ。
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